夏休み:智頭町、伯耆大山、出雲大社、足立美術館

今年の一回目の夏休み四日間をどこで過ごすか、天気予報をみながら思案に暮れた。
体力的に南アルプスが無理であればアプローチが楽な北アルプスや北海道の山はどうか。
栂池から入り白馬大池でテント泊し白馬に登るのであれば何とかなる。
昨年登った大雪山系の黒岳をベースキャンプにして雄大大雪山周遊もいいかもしれない。
どちらかのプランに決めようとインターネットをみると、天気は下り坂で最悪の予報だ。
梅雨明け十日間は晴れの決まりなのに、東日本から北日本にかけて広範囲で天気が悪い。
この休みは近場の鄙びた温泉でのんびり過ごすか、天気を期待するのであれば西日本に行くしかない。
欲を言えば、登れるうちに年にひとつでも新しい日本百名山に登りたい。
西日本でぜひ行ってみたい山といえば、なんと言っても伯耆富士、大山(だいせん)だ。
日本海に臨む白亜の頂は、近年崩落がすすみ登山が制限された。せめて登れるとところまででよいので行ってみたい。
水曜日の午後、家内に頼んでインターネットで鳥取行きの飛行便を調べてもらうと翌日早朝の米子便にシニア割引の空席があった。
そこで鳥取に行くことに決めた。
木曜日の朝一番で羽田空港に行き、当日搭乗券を買って鳥取の米子鬼太郎空港に行くことにした。
鳥取は案外と近い。1時間半で米子に着いた。初日は好天だった。


鳥取に来たのであればカンちゃんのお母さんの実家を訪ねないわけにはゆかない。
空港から日本海沿いの道を走りながら、大山を眺めると頂上は雲に覆われている。
因幡の白兎で有名な白兎海岸で記念写真を撮り、一路懐かしい智頭町に向かった。
JR因美線の線路が走る静かな山間の集落に目指す実家がある。
いつか列車に乗ってゆっくりと景色を眺めながら来てみたい憧れの場所だ。
カンちゃんのおかあさんの実家の目の前を小川が流れている。
美しい杉林の緑に囲まれた歴史ある佇まいの母屋で家族の皆さんに会うことができた。


急な旅行だったので、手土産は羽田空港で買った崎陽軒のシュウマイしかなく申し訳なかった。
新しく家族になった生まれたばかりの双子ちゃんにも会うことができてよかった。
文化遺産のような居間の前の美しい日本庭園には、小さな滝が設えてある。
庭に面した明るい縁側には初めてこの家を訪れた時と同じ籐椅子がそのまま置いてあった。
ゆったりとした時間の流れのなかで澄み切った空気を吸うと、あれこれ些細なことにこだわる暮らしがそれほど重要ではないことに気がつく。

挨拶だけで失礼するつもりが、ついつい長居をしてしまった。
よく冷えたウリやキウリの辛子漬けのおもてなしが心にしみた。
ご実家を後にして大山町に向かう。
大山寺郵便局の隣の、民宿「弥山(みせん)」が一日目の宿だ。
質素な宿だったが心のこもった料理や素朴な主人の大山登山の案内がよかった。
夏休み二日目は長年のあこがれだった伯耆大山に登った。我が家にある大山の地図は2011年版だった。
登山口から六合目まではブナの森の中の比較的緩やかな登りが続いた。
六合目からは灌木帯になり急登となる。あたり一面はガスで覆われ、視界は5メートルもなかった。
登山道の周りは山の花に覆われ、真っ白な世界に花だけが色鮮やかに見えた。







八合目を過ぎると視界はますます悪くなって足元以外はほとんど見えなくなった。
期待していた山陰地方の天空からの一望や日本海の長く伸びる海岸線はまったく見えない。
頂上に続く、おそらくは切り立った尾根を覆うお花畑なかの木道を歩いてゆく。
現在の大山では横に連なる頂の西の端の弥山(1709.4m)に頂上の標識があり、
頂上までの所要時間は登山口からちょうど3時間だった。
気温は20℃、湿度は100%だった。
登山記録の記念撮影を終え、霧に濡れながら民宿で作ってもらったシンプルな握り飯を食べた。
最高峰の剣ヶ峰(1729m)への道は崩落で通行止めになっている。
頂上直下には50人以上は泊まれそうな立派な避難小屋があった。



下りは石室を回り行者コースへ分岐して大神山神社奥宮に下山した。
大神山(おおがみやま)は大山の古名だそうだ。
汗まみれになり民宿に戻りお風呂を借りてさっぱりしたあと、
昨夜、るるぶの本を見て(wi-fiが圏外だった)二泊目の宿として予約しておいた皆生温泉(かいけおんせん)の皆生シーサイドホテルに向かった。
前がすぐ海水浴場のこのホテルも良心的ないい宿だった。

三日目はいまだに独身の三男坊に早くお嫁さんが見つかるように
家内の発案で縁結びの出雲大社に足を伸ばした。
ご利益があるように、我が家としては普段よりお賽銭を奮発して良縁成就を祈願した。


ここには二十数年前に一度来たことがあるが、門前町は平成遷宮を機会にすっかり再整備され、
まったく昔の面影はなかった。
参道脇の老舗の蕎麦屋で名物の割子蕎麦を食べながら話を聞くと、
高齢の女主人が「なんでも綺麗になればいいというものではないねえ」と
小声で呟いていたのが印象的だった。
午後は泥鰌(どじょう)すくいの安来節が有名な安来(やすぎ)にある足立美術館を訪れた。
横山大観をはじめとする大家の作品を集めた日本画美術館で、美しい庭が有名になり、今では一大観光地となっている。

日本画の大作の数々はもちろんのこと、白い砂に松のみどりが映える日本庭園も秀麗な作品だった。
このあと米子空港に戻って夕方17時の便に乗って帰ってきた。
心残りは、勇壮な伯耆大山の秀峰全体をとうとう最後まで見ることはできなかったことだった。