アラスカ旅行_チェナ・ホット・スプリングのオーロラ

昼過ぎにデナリ国立公園をあとにして、バスはフェアバンクスへ向かった。高速道路を降りて市内のスーパーマーケットに寄り道をしてから、黄葉の森の間に続く田舎道をチェナ・ホット・スプリングに向かう。
旅の最終目的地につながるこの道も温泉の湧き出る山間の地で行き止まりとなっている。
街を出て郊外に差し掛かったバスの窓から両側の森の奥に向かっていくつもの細い道が伸びているのが見えた。
道の入り口にはたくさんの郵便受けが並んでいる。市街を離れた閑静な森に棲む住民のものだ。
フェアバンクスからおよそ1時間でチェナ温泉に着いた。
ここに二泊してオーロラを観る。
満天にオーロラの舞う姿を見ることができるかどうかは運次第だ。
気になるのは満月。アラスカに来てからこの数日、晴れた深夜には満月が出ている。
満月の明るい夜でも、オーロラを眺めることができるのかどうか、そのような記載を読んだ記憶がない。
宿舎のレクチャーでは夜半23時ころから北の空にオーロラが出るとのことだった。
初めてのオーロラ鑑賞は、荘厳な儀式のようだった。
時刻になって外に出てみると、淡い放射状の、帯のような光がまだ薄明かりの残る頭上に広がっていた。
初めそれがオーロラかどうか、わからなかった。薄いすじ雲かと思った。
目が慣れてくと、北西の空から南東に向かって末広がりの光の帯が見えるようになった。
これが初めてのオーロラとの遭遇だった。

それからおよそ3時間余りにわたって光の帯が舞う夜空を見上げ続けた。
始めは薄い光の帯だったものが、だんだんと明るさを増して四方の夜空に広がっていった。
変幻自在に姿を変える光の束が、まるで爆発するように次々と出現した。
薄い緑、白、淡い黄色、ピンクの光が満天に舞い続ける。
真夜中を過ぎたころ東の空に満月が現れた。
極光は月光に負けていない。
天体ショーはいつまでも続いた。






夕方聞いたオーロラ予報ではこの日の予報はレベル3(最高が9)と言われたが、想像を超える華やかなオーロラの天舞を観ることができた。
翌日の朝の話では、このオーロラはレベル5だったそうだ。
帰国して溜まった新聞を読むとこの日、北海道でもオーロラが観測されたとあった。
11年ぶりに大きな太陽のフレア爆発があり、その規模は通常の千倍だったとあった。
幸運で強烈なオーロラとの出会いとなった。
チェナの二日目は快晴に恵まれた。
移動のないのんびりとした一日だ。
午前中はフェアバンクス在住の日本人ネーチャーガイドによる施設周囲のトレッキングに参加した。
午後は全くの自由時間にした。
黄葉の丘Charleys' domeへの散策はまるで絵の中を歩いているようだった。
そのあと露天温泉(プール)を愉しんだ。
欧米人は男女ともに腕や体に刺青を入れている人が多い。温かい湯を愉しむ人々の中に顔に刺青のある老婦人を見かけた。おそらくアラスカの先住民の女性だろう。






二日目の夜もオーロラ鑑賞が堪能できた。
初めてオーロラを観た前日よりは冷静に写真を撮ることができた。
光の束をどう呼んでよいのかわからないが、次々と出現する暴れん坊達はすべて形が異なっていて、ずっと見続けても見飽きることがない。
はるかな、人間が知ることのできない太古から続く宇宙の神秘と触れあう気がした。

この二日間の漆黒の星空に舞う未知との遭遇は、終生忘れることのない記憶になったと思う。
アラスカを離れる最終日、フェアバンクス空港への道すがら星野道夫が留学したアラスカ大学の校舎を眺めることができた。
帰国の飛行機はフェアバンクス午前11時55分発の成田行きJAL直行便だった。


眼下には透明な光に照らされて輝く雄大なデナリの山々と氷河を眺めることができた。
7時間半の空の旅はアラスカでの数々の体験を回想する間もなく、蒸し返す残暑の成田に正午過ぎに着陸し、憧れだった極北の旅は終わりとなった。