森吉山と秋田内陸縦貫鉄道

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今回の北東北の旅は予定未定で出発した。訪れたい場所は複数あった。

最初に泊まる宿だけは決めて、あとは泊まるところが見つからなければ、すぐそばに立ち寄り温泉がある定番の岩木山山麓の桜林キャンプ場に野宿するつもりでテントと炊事用具と生米を車に入れてきた(つもりだった、詳細は後述)。あるいは天気によって臨機応変に場所を決める算段で旅に出た。

昔、弘前ワンダーフォーゲル部に所属してたころ、部室内でよく山行計画の話を聞いた北秋田の独立峰、森吉山は花の美しい山として知られていた。弘前からはすぐ近くで現在は町村合併で北秋田市が所在地になった眺望の優れた山だが、その頃は他の名だたる東北の峰々や雄大な北海道の山に夢中で登る機会がなかった。あまりに近かったせいもある。いつでも行けるからと思っていたが、ついに機会を失った。

白神山地の田代岳も同じように登ってみたい未踏峰だ。

若いころ、何度も登った岩木山にももう一度登ってみたい。

もし天気が良かったら酸ヶ湯にキャンプして、梅雨明け間近の八甲田を歩くのも魅力的だ。

つまるところどこでもよかったのだ。関東地方に蔓延するコロナウイルス感染による閉塞感から脱出したいというのが本音に近いと言ってもよいかのしれない。

天気予報は梅雨明けを控て、雨や曇りマークが続いているが、天気ばかりはその地に行ってみないとわからない。

思案の末、まず最初に天気の予報が比較的よい森吉山に足を運ぶことにした。宿泊は登山口に近い秋田内陸縦貫鉄道の米内沢(よないざわ)駅から歩いて5分の阿仁川鮎センターあゆっこ温泉に予約をとった。

米内沢の集落にはゆかりがある。昔々、この小さな集落には町の風情と不釣り合いな洒落た公立施設があり、そこで生活費を稼ぐために土日の当直アルバイトをしていたことがあった。ロビーには周囲に非常用らせん階段がある創建当時のモダンな木造建築の写真が飾ってあったことを思い出す。当時は大学院生で正規の収入がなく、土日一回の当直料が破格で、うきうきと給料日を待って手にした明細書の数字が1回分と思っていた額が一か月4回分の額とわかり、愕然としたことがあった。すでに施設は廃止されているが、その地が現在どんな場所になっているのかもういちど見てみたいとずっと思っていた。

八幡平に寄り道してアスピーテラインから北秋田に向かう途中で、突然車道に真っ黒い固まりのようなものが転がり出て驚いた。小柄のまだ若い熊だった。近くに親熊がいるはずだが見つけることはできなかった。あまりに突然だったし、車の運転中だったので写真に撮れなかったのが残念だ。

辿りついた米内沢集落は眠るように静かな町だった。本当の田舎の駅で列車が来ない時には駅舎の入り口は閉まっており、駅前には駐車場しかない。商店街はなく、少し離れた幹線道路わきにコンビニが一軒だけがある小さな町だ。

この地域を流れる阿仁川は鮎釣りのメッカであることを来てから知った。泊まった宿は大きな鮎養殖センターに付設されており、釣り客が目当ての派手な黄色に塗られた施設で、笑い話のようだが、アユの養殖池を掘削していて偶然に温泉を掘り当てたことで温泉宿を開いたという。本当の話のようだ。玄関前の駐車場には関東ナンバーの車が多数停まっていた。

受付で昔あった公設施設のことを聞いてみたが、ずっと昔の話だとだけ言われた。すでに40年以上むかしの話だから、もう知る人も少ないのだろう。その所在地がどこであったかは分からなかった。宿の内湯のこじんまりとした浴槽を満たす加温した温泉は無色透明でにおいも弱く気持ちがよかった。ここに二泊した。夕食の主菜は鮎だった。

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森吉山阿仁スキー場ゴンドラ乗り場の朝

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ゴンドラには20分乗る

旅の二日目、7月25日は小雨時々曇り。花の百名山、森吉山に登った。

森吉山阿仁スキー場からゴンドラに乗った。8時45分運行開始のゴンドラ乗り場は長蛇の列だった。景気の良い高度成長期、森吉には西武の肝いりでスキー場が2か所開発される計画があった。そのうち現在も運営しているのが阿仁スキー場である。一か所は開発がとん挫した。この日、ゴンドラは北秋田市新型コロナウイルスに対する経済対策で無料で来訪者に開放していた。

ゴンドラ山頂駅を降りるとあたりは小雨と一面のガス。なにも見えない。視界はせいぜい20メートルといったところだった。

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山は花盛り。霧の中を花をかき分けて登山道を進む。ニッコウキスゲの群落が道を塞ぐように咲いていた。

残念ながら視界は不良。晴れていれば岩木山鳥海山秋田駒ケ岳など、頂上からは360度の眺望が得られたはずだが、何も見えなかった。

雨は上がって正午前にゴンドラ乗り場のすぐ上にある展望台に戻ってきた。ここで、天気がよくなればのんびりと頂上で食べようと 持参したインスタントラーメンを煮て今朝コンビニで買った握り飯とともに昼食をとった。少し霧が晴れ、樹海の中にゴンドラが見えた。この日はじめての眺望だった。

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阿仁避難小屋

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森吉山頂上

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頂上の方位盤

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登山道に咲くニッコウキスゲ

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ゴンドラ山頂駅を展望台から眺める

スキー場の最寄りの駅は秋田内陸縦貫鉄道阿仁合(あにあい)駅だ。

秋田内陸縦貫鉄道秋田内陸線鷹ノ巣駅角館駅を結ぶ北秋田の動脈である。これまで何度も存亡の危機を乗り越えてきた第三セクターが運営する鉄道だ。かつてこの沿線は石炭や鉱物資源の産地として繁栄した。阿仁鉱山は日本三大銅山のひとつだった。今では無人駅が連なるつつましいこの鉄道はこの地の産業を支える生命線であった。阿仁合の町はこの単線のローカル線の中間地点で、沿線では最も賑やかな集落である。真新しい駅舎には売店やレストランがあり駅員も常駐していた。駅舎に繋がる商店街はこの地方が辿った賑わいの歴史を彷彿とさせる。

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阿仁合駅に停車する秋田内陸線

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秋田内陸線の車内の様子

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懐かしいサイダーを買って列車の乗った

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車窓から眺めたチコちゃんの田んぼアート

下山すると下界の雨はすっかり上がっていた。阿仁合駅に行くと、ちょうど都合の良いダイヤに出くわしたので、駅の売店でサイダーを買い、午後は列車に乗って角館を往復することにした。往復三時間あまり、鉄道ファン垂涎のローカル鉄道の旅だ。来るまでは予想もしなかった展開を愉しむことになった。

角館へ向かう秋田内陸線は点在する田園を抜けて深い森の中を走る。深い渓谷にかかる鉄橋を渡り長いトンネルを抜ける。この地はマタギの郷である。いまでも生業(なりわい)としてマタギを続ける人たちがいるのだろうか。もしいるとしたらこの森はマタギの生活の場所なのだろう。あるいは、人と生き物たちとで凌(しの)ぎのドラマが展開される神聖な場所なのかもしれない。

終点の角館ではすぐ折り返しの列車に乗った。帰りはガタゴトと揺れる一両編成の急行に乗り阿仁合駅に停めた車に戻った。

宿に帰ると梅雨の晴れ間に、荘厳な夕焼けが迎えてくれた。

明日以降の予定をたてるために荷物を調べると、テントのポールがないことに気が付いた。なんとなく気になっていたのだ。肝心かなめの道具を忘れてきてしまって、これではキャンプはできない。来たばかりだが、計画を練り直さなければならないことになってしまった。

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二連泊したあゆっこ温泉は一泊8500円。一日目の夕食は鮎の甘煮と平貝のカルパッチョに揚げ餃子(冷凍物)。二日目は鮎の塩焼きにだまっこ汁。素朴だがコスパは悪くはない。

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一日目の夕食。

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二日目の夕食。