北海道の屋根、大雪山は花の山

梅雨入り間もない七月上旬、関東をはじめ日本列島は異常な熱波に覆われた。まだ本格的な夏にはほど遠いこの時期に40℃を超える厳しい陽射しは命に危機が及ぶほどの脅威だ。この分だと八月の最盛期の暑さはいったいどうなってしまうのか、すでに一日中エアコンをつけっぱなしの連日で、不安と不快で眠りの浅い日が続いている。

そんな関東を尻目に七月九日から三泊で北海道の屋根大雪山系に夏の花を愛でにトレッキングに出かけた。

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この数年ずっと夏には大雪山を歩いている。春夏秋と見どころ、歩きどころに溢れた大雪山はヒグマに遭遇しないかだけが心配だけれど、たおやかな神々の遊ぶ庭(カムイミンタラ)に踏み込むとこの小さな躯体が大自然の一部に取り込まれて、不思議な陶酔感に満たされる。自らの存在が消えて宇宙と混然となる気がする。特に夏、聳り立つ岩肌の間や広々と広がる稜線に命の証を示す夏の花々に出会うと広大で無限な摂理を意識下に体感する。

義父母の眠る白老墓苑に墓参の後、一泊目は旭岳温泉の素泊まり施設(ケイズハウス)に泊まった。飲食の提供はないが、冷凍食品やレトルトフードを販売していて調理場には食器をはじめ調理用具が全て揃っている施設だった。持参した食材や食料を広々としたラウンジで自由に調理したり食べることができる。受付横の売店で買った冷凍チャーハンを人生で初めて食べたが想像以上の味に驚いた。これなら街中のラーメン屋よりうまいかもしれない。相部屋なのでラウンジで少しのんびりして、温泉に浸かって早々と就寝。

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(個室もあるが今回はドーミトリに宿泊)
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館内は土足禁止で玄関でスリッパに履き替える。知らずに土足で入ってしまい受付で叱られた。

広々として温泉浴室や露天風呂は気持ちがよかった。

二日目は始発のロープウェイに乗って旭岳中腹まで上る。今回は山頂を目指さず、裾合平に今が盛りのチングルマを見に行くことが目的だ。

 ポスターの写真によく写っている、ロープウェイ山頂駅そばの姿見の池を過ぎたあたりの群生地はまだ七月上旬なのにすでに花の盛りは終わっていた。例年より10日以上も早い。この温暖化のせいに違いない。

およそ2時間で中岳温泉手前の湿原に到着。ここが裾合平の終点だ。遠くの山麓にはヒグマがいてこちらを見ていた。チングルマはちょうど最盛期。一面に感動の白いお花畑が広がる。言葉を失う絶景だ。

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雲が広がり陽射しを遮って気持ちの良いトレッキングができた。

ロープウェイで下山し、二日目は大雪高原温泉に移動した。ここに建つ大雪高原山荘に連泊して大雪山系北東部を縦走することが今夏の花の山歩きのもうひとつの目的だ。

ほぼ透明に近いが少しだけ白濁した単純酸性温泉の大雪高原温泉は秘湯の一軒宿。北海道らしいよく整備された綺麗な国道を逸れて砂利道の山道に入り、10キロメートル先の森に囲まれた山奥に位置する。実は以前(2018年8月)にも一度、今回登頂を目指す緑岳に登るつもりでここに来たことがある。その時は日帰りで山に登ったが、悪天候のなか途中の急斜面で強風とガスに遭遇して登頂を断念した。下山して温泉近くの沼巡りだけして泊まらずに日帰り入浴のみで帰った経験がある。今回はその時のリベンジとさらに緑岳から小泉岳、赤岳を経て銀泉台へ下るミニ縦走が予定だ。

下山は錦繍の秋に大混雑となることで北海道内でも有名な紅葉の名所である赤岳登山口の銀泉台から地元の道北バスの定期便に乗って層雲峡に行く。層雲峡で宿の小型送迎車に乗り継いで高原温泉に戻って二連泊する計画だ。

山荘には温泉目当ての一般客も多く、登山者は半分以下のようだった。

三日目は朝食をおにぎりセットに変えてもらい早朝5時前に歩き出した。晴れ時々薄曇りの絶好の登山日和の下、気持ちの良い爽快なトレッキングとなった。

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(左側の頂が緑岳、松浦岳の別称もある)
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歩き始めて1時間で第一花畑、そこから十数分で第二花畑を通過。あたりは前日の旭岳裾合平に匹敵するほどの高山植物の花々に溢れていた。眼前には大きな緑岳がどっかりと鎮座している。ここから標高差500メートルを一気に登らなければならない。

花畑からハイマツ帯を抜けるとこの日唯一の厳しい登りだ。前回引き返したのはイルカに似た岩があった地点だった。その時はここが頂上直下だと思ったが、さらに頂上まではここから30分以上の厳しい登りだった。

緑岳山頂(松浦岳2020m)には約3時間で着いた。眼前に白雲岳と山腹の赤い屋根の避難小屋が見えた。遠く石狩山脈の山々は霞んでいて大雪大縦走路のメインルートに並ぶトムラウシ岳十勝岳は雲の中だった。ここまでひとりの登山者にも出会わなかった。

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緑岳から小泉岳に続くなだらかな砂礫の山上はまさにお花畑そのもの。大小様々な花が、白、赤、黄色、青、紫と鮮やかに短い山上の夏を彩る。ウルップソウ、チョウノスケソウ、エゾキンレイカ、エゾツツジ、エゾノツガザクラ、マルバシモツケ、イソツツジ、アズマギクなど本州では眼にする機会のない固有種や希少で多彩な高山植物の花の饗宴が続く。初めて目にする花も多く、名前がわからずに図鑑を持参するべきだったと反省した。

今回の縦走路の最高峰である小泉岳(2158m)の標識を過ぎ白雲岳との分岐の標識の建つ小泉分岐で大休止。宿で作ってもらったおにぎりや出発前にお湯を入れて準備しておいたアルファ米にふりかけをかけて食べた。山上のバナナもうまい。

ここまで僅かに2、3人の登山者しかすれ違わなかった静かな登山道も分岐のここまで来ると赤岳から白雲岳を目指す日帰りの登山者や黒岳から北海平や白雲避難小屋をへて銀泉台に下る縦走者が次々と通過して行く。

ほぼ平坦に近い砂礫の道を歩き赤岳には10時30分過ぎに到着。以前に黒岳石室に泊まってやはり銀泉台に下山した時に通過したことがある。ピークというよりは通過点の感じの場所だ。雲が昇ってだんだんと景色が狭くなった。休憩せずに標高差500メートルを一気に銀泉台へと下る。途中、東平、奥の平、駒草平と一部に平坦な場所もあるが、登山道は急峻で険しい三時間の下り。

(ピンクのエゾノツガザクラの群生)

登山道の周囲は白い花をつけたナナカマドの群生だった。これが一面に紅葉すれば見事だろう。谷から雲が湧いて遠景は見えなくなった。チングルマをはじめ登山道脇には花が溢れている。

駒草平手前の平坦地には駒草が群生していた。一面淡いピンクに染まっている。途中、いくつか小さな雪渓をわたる。今年は早く夏がきてしまい雪渓にのこる雪は少ない。この登山道は下るのも大変なので、登るには相当の覚悟がいる。駒草平を過ぎるとこのコースで一番つらい下りとなった。

(なかなかこれだけの駒草の群生を目にする機会はない)

途中に第二花園、第一花園と名の付いた斜面があるが、花はわずか。それまでの山道の沿って群生する花々に比べると花園というには寂しい感じだった。ここら辺は紅葉の名所らしいが、昔の夏には一面に花が咲いていたのだろうか。

銀泉台には13時30分に着いた。全行程ほぼ予定通りの八時間半で大雪山北東部ミニ縦走を完遂できた。しかし、最後はつらい下りの三時間だった。特に最後の最後一時間の下りが厳しかった。これが限界だ。

途中の予期せぬトラブルも想定して、余裕を持って朝早く出発したので、道北バスの定刻の発車までは二時間以上待たなければならなかった。以前に来たときはバス停近くに樹木がたくさん生えており、日陰のベンチで涼むことができたが、今回はあたりはすっかり駐車場に整備されてしまいベンチは日の当たるバス停の看板前だけになっていた。ここでお湯を湧かして塩分補給に味噌汁を飲み大休止。そのあと傘を差して暫しの昼寝で時を過ごした。

下山途中で大きなザックを背負って登ってくる同年代と思われる老男女ペアの何組かとすれ違った。たぶん白雲避難小屋のキャンプ場を目指しているのだろう。この年代になると元気の具合は個人差が大きくなる。おそらく15キログラム以上はあるだろう重い荷物を背負って、この険しい登山道をのぼれる強靱な足腰をもつ高齢者がきっと健康寿命の頂点にいる猛者達なのかもしれない。我々ペアはもう今回ぐらいの下りが限界だ。あるいはこれが最後の「縦走」になのかもしれないと思う。

定刻15時30分に出発したバスはおよそ一時間で層雲峡バスターミナルに到着。待っていた大雪高原山荘のマイクロバスに乗り継いで17時に山荘に帰着した。

そうそうに掛け流しの温泉で汗を流し、夕食に生ビールで乾杯して今回の山旅は終了した。

見た目は豪華な夕食メニュー。日替わりで初日と二日目の2種類があり、繰り返して提供されるようだ。この他に陶板焼きと小鍋に炊き立てお釜ご飯が付いているが、お米は硬く料理の味はちょっと期待はずれ。

朝食はバイキング。香りはカレーだが味のない野菜カレーにびっくり。温泉付き山荘だと思えば贅沢は言えない。久しぶりに野菜サラダを山盛り食べた。こんな山奥の宿なのだから朝夕の食事のメニューは奇を衒わずに普通でいいのにと心底から思った。これもいい思い出になるだろう。