雨の東北温泉弾丸巡り

日本列島は尋常ではない酷暑の季節となり新潟を含む関東以西の地方では耐えがたい日々が続いている。7月28日の夕方、熊本ではまた大震災があった。仕事帰りのJR電車の中でニュースを観て知った。この暑さの中、過酷な救命救援活動が続いている。ひとりでも多くの方が一日も早く助かることを心から祈らずにはいられない。救護する方々も過酷な条件のなか昼夜を分かたぬ命がけの活動に頭が下がる。来週はもう立秋だが、8月を迎えても本州北側の東北地方では梅雨前線が停滞して未だに梅雨が明けない。

ともかく、どこでもいいので関東の烈暑を逃れて涼しいところに数日でも避難したいと思い、長野の山中にキャンプに行くか、雨を承知で東北の温泉旅に行こうかと仕事中に思案していると、いつも行っている秋田の乳頭温泉黒湯の自炊棟が空いていると妻から連絡があった。2泊しかとれないので他を探すと黒湯に近い玉川温泉の自炊棟も空いているそうだ。天気予報では東北地方はずっと雨。最高気温も25℃以下の予報だった。ひょっとしたら予報が外れることもあるかもしれない。ままよ、東北に弾丸納涼温泉三泊四日旅行に行こうと決めた。

7月29日の朝3時に起床。前夜におにぎりを作ってもらい早起きは得意中の得意3時40分に出発。まず玉川温泉に向かうことにした。途中可能なら八幡平を散策したい。

玉川温泉はがんに効くと全国的に有名だ。ここははじめて行く温泉だ。がん患者はもちろんのこと、がん発病の予防でラジウム浴をしている方々もいた。

途中盛岡の手前で前が見えない凄まじ豪雨になった。ノロノロと運転して昼過ぎに八幡平に到着。案の定、予報通りの八幡平は濃霧と雨、視界5メートルでとてもトレッキングができる状況ではなかった。

玉川温泉は立派な施設だった。自炊棟にはずらっと個室が並ぶ。大浴場にはいくつも浴槽があった。温泉は強酸性、源泉100%のお湯に浸かると数秒で体のあちこちがピリピリする。目にお湯が入ると激痛だ。

一周約1キロくらいの遊歩道になっている源泉近くの岩の間には地熱を利用した岩盤浴の小屋が並ぶ。周囲にはラジウムの放出する場所があって冷たい地面に茣蓙(ござ)を敷き傘を刺して岩盤浴をする人達もいた。見たことのない風景だった。持参のガイガーカウンターで放射能を測って場所を決めているという。

(大浴場の写真はネットから借用,盗撮ではありません)

初日の夕食は持参のカレーを温めて食べた。ここの炊事場には炊飯器が置いてない。有料でレンタルらしい。皿もないので売店で紙皿を買った。黒湯温泉の自炊棟と比べると鍋、釜、レンジとトースターはあるがその他の調理備品は乏しい。夜半、強い雨が降った。

二日目。朝は小雨。宿を9時過ぎに出発して、もう一度八幡平に行ってみたが、濃霧と風で早々と撤退。このあと三日目に秋田駒ヶ岳の避難小屋で一緒になったグループの話では午後から晴れたそうだ。少し時間が早すぎたようだ。諦めて田沢湖に向かう。田沢湖周辺は曇り、秋田駒ヶ岳は雲に覆われて見えない。までだ昼前なので田沢湖駅近くのスーパーマーケット(グランマート田沢湖店)で食材の購入。買ったお弁当をレジ横のカウンターでチンして食べた。便利な世の中になったものだ。ドルだてにすれなば日本のちゃんとした弁当でも3ドル相当。インバウンドの観光客にとってはほとんどただみたいに思えるだろう。

少し早いが乳頭温泉黒湯自炊棟に入れてもらった。黒湯にはもう何度も来ている。自炊棟は時間に縛られず自由に過ごせるのが良い。一年ぶりの利用だが、あちこち改装されていた。男湯の露天風呂に新たに打たせ湯が増設されていたし、自炊棟のトイレも変わっていた。炊事場には以前は利用者が置いていった調味料がたくさん残っていたが、今回はすっかり片付けられていた。混浴の露天風呂は改修中で閉鎖していた。

時折激しい雨が降った。二日目はこのまま部屋で沈殿、温泉三昧で過ごした。夕食は持参したジェノベーゼソースでじゃがいもとモロッコインゲン入りのパスタを食べた。

三日目の朝は小雨からだんだんと止んできた。上空は厚い雲に覆われて、もう八幡平トレッキングは諦めて、小雨でも安全に登れる秋田駒ヶ岳に登ることにした。運が良ければ弥陀ケ池周辺にはニッコウキスゲが残っているかもしれない。この時期はマイカー規制で八合目まではアルパこまくさからバスに乗らないといけない(往復1500円)。

小雨は霧雨になり,八合目の小屋から歩き始めると雨は上がり一面のガスになった。登山道の周囲は高山植物が花盛りだ。この山は手軽に登れるけれど花の山だ。歩き始めておよそ1時間で平らな木道に着いた。あたりは一面のガスで視界はおよそ10メートル程度。頂上はまったく霧の中で眺望は期待できない。弥陀ケ池避難小屋で軽食をとって、頂上には登らずに横岳から焼森を通って下りきた。残念ながらもうニッコウキスゲはすっかり終わっていた。

下山後は温泉でまったりする。ここの湯は玉川温泉とは違って肌に優しい。まさに癒しの温泉だ。小雨の中の露天風呂がまた格別に気持ち良い。夕食は定番のナポリタンだった。おそらくナポリタンはこの温泉宿でしか食べることがないソウルフードだ。ずっと朝夕も日中も涼しくて最低気温は17℃、最高気温は22℃で過ごしやすかった。関東に居れば、信じられないほどの涼しさだ。まさに避暑の目的を達成することができた弾丸温泉旅行だ。

四日目は早朝に宿を出ていっさい寄り道せず、高速道路をひた走り、自宅には午後2時半に着いた。途中カーラジオでは走ってきたばかりの秋田地方に大雨警報が出ていることを告げていた。秋田は意外と近い。自宅のベランダに吊るした寒暖計は秋田より15℃の差があった。関東はとてつもなく暑い。

 

映画「大統領のケーキ」を観てきた

暑くて日中の外出はできないので、映画館で涼むことにした。アダム・フセインが独裁者としてイラクを統治していた時代の映画「大統領のケーキ」を朝一番で観に行った。貧しく、救いようのない悲惨な暮らしのなか、健気な少女とペットの雄鶏の日々を描いた映画だ。

歪んだ独裁政治下の荒んだ社会と容赦ないアメリカ軍の攻撃によって傷ついた庶民の辛く厳しい生活と過酷な運命を描いた映画だった。

ポエティックな映画の題名とは裏腹に、観終わって、言葉にしづらい、やり場のない辛さと悲しみが残った映画だった。

ジャム談義

昨日は暦の上では大暑、強烈な暑さの日々が続いている。日本列島では最高気温が40℃を越える酷暑日が各地で発生している。岐阜県多治見では三日続きの酷暑日だ。関東地方でも土用の丑の日を控えて、命の危険がある暑さの日々だ。そんな中、昔一緒に働いていたAY氏から大量の自家製のブルーベリーが届いた。今週末に一周忌を迎えるお父様が庭に植えた木に実ったものだそうだ。手入れの主を失った木々には今年もたわわの実がついたそうだ。

我が家の朝食はパンと野菜サラダと牛乳がお決まりで、毎朝お手製のジャムも食べている。ジャムは朝の食卓の必需品だ。有難い太陽の恵み、ブルーベリーもさっそくジャムにした。ちょうど作り置きのものが底をついてきたので好都合な頂き物だった。

いつでも冷蔵庫には数種類の自家製ジャムが保存してある。これまで様々な食材でジャムを作ってきた。定番の苺をはじめ林檎、青梅、杏、キウイ、湘南ゴールド、柚子、金柑、プルーンなどの果実をジャムにしている。時々の旬の盛りの果実がお手頃価格になる時期にジャムを作っているが、それぞれに色や風味と食感に特徴があって食べ比べるのも面白い。まさに食卓の華である。

ネットで作り方をみると各記事それぞれのレシピに違いがある。その中で、特に砂糖の比率が大きく違っているのが興味深い。我が家ではほぼ果実の重さの35%を目安にしているが、ブルーベリーは高価な食材だからジャムにするのは今回が初めてだった。調べてみると、砂糖の比率は50から100%と大きく違っている。そこで普段より幾分多めの40%超にして作ってみた。結果は上々、ちょうど良い甘さに出来上がった。自分の好みとして、甘すぎるジャムは好きではないので満足な出来上がりだった。

ジャムや柑橘系のマーマレードで好きなものを列挙すると、一番はじめはプルーン、二番目が湘南ゴールドとなる。この二つは香りも味も群を抜いて素晴らしい。青梅は酸味が強過ぎるし、キウイも綺麗な緑色にならず見た目が悪いので順位は下位になる。杏はブルっとくる独特な酸味が特徴だし、林檎は穏やかで、柚子や金柑は程よい酸味がうまい。定番の苺は可もなく不可もなしだろう。最近の苺はとっても甘いので種類によって砂糖の比率を調節した方が良いと思う。お手製のジャムはその家その家で味や風味が違うだろうから、持ち寄って食べ比べてジャム談義ができたら面白いだろう。残念ながらまだその機会には恵まれていない。

 

大雪山旭岳周遊と幌加内の十割蕎麦

我が家では毎年、「海の日」前後は墓参りを兼ねて北海道旅行に行くのが年中行事となっている。今年も海の日を控えて7月14日から北海道旭岳温泉に三連泊して大雪山旭岳に登りに行った。旭岳登山はこの数年のほぼ恒例行事になっている。梅雨明け前の不安定な天気が続き、台風九号の影響もあり、天候は予測不能、行き当たりばったりで予備日を入れての旭岳温泉で三連泊し、そのあと三男家の住む新ひだか町に行って孫の顔を見てくる予定だった。

旭岳登山口の宿泊は定宿の大雪山白樺荘だ。初めてこの施設に宿泊したのはもう八年も前になる。

7月14日の自宅を朝5時前に出発。始発の羽田行き電車に乗って空路で新千歳空港まで飛んだ。霧雨の中、まず白老に向かい今年も義父母の墓参りと義妹夫婦の家を訪問のあと高速道路に乗って旭岳温泉に行く。

白老町は国立アイヌ民族博物館ウポポイや星野リゾートの高級宿泊施設ができて賑わいを取り戻しつつあるようだ。新しい立派な町立病院もできていた。かつての厚生年金会館は民営のホテルになってプロサッカーチームの合宿所になったりして元気に賑わっているらしい。熊騒動は起きていないようでちょっと安心だ。人間と野生動物との共生は難しい問題だが、お互いに危害を及ぼさないように息の長い対応と対策が必要だろう。特に熊はアイヌ文化では神聖な神の使いだから単純に銃猟で駆除するだけでは問題の解決にはならないだろう。まず最初にしっかりした生息状況の調査が不可欠だ。GPSをはじめ情報機器の進歩した現在ではそれほど困難なこととは思えない。要は、意識の問題だろう。どれだけ資金を投入する意欲があるかとも言えるだろう。

義妹夫婦はおしゃれに暮らしている。こじんまりとした瀟洒なログハウス風の平家作りの家の裏庭は家庭菜園で、ビニールハウスも設えてある。釣りと野菜作りが趣味の義弟も元気だった。家から歩いて行ける海岸ではこの時期かつては大型の鮭をはじめたくさんの魚が釣れていた。でも、この数年の温暖化の影響で以前は処分に頭を悩ますほど釣れていた魚がまったく釣れなくなったと嘆いていた。菜園はちょうど夏野菜の収穫期を迎えている。昼時の訪問だったので、手作りのランチをご馳走になった。素材は全て自家製野菜の贅沢な食事だった。ズッキーニが甘くて驚いた。

旭岳温泉にはほぼ予定通りの午後4時半に到着した。数組の宿泊客がいたが、おそらくまだたくさん空き部屋がありそうな混雑状態だった。大雪山白樺荘は三ヶ所の自家源泉を持つ温泉施設でお湯が熱い。ほぼ源泉温度46℃のままの湯が注ぐ浴槽は大量の水で薄めないと入れないほど熱い。例年どおり、今年も浴室では「熱い、熱い」と大騒ぎだった。ここの食事はボリューム満点、宿泊客は結構高齢のグループばかりだがみんなよく飲み、よく食べる。それくらいの元気がなければ山歩きはできないのだろう。でも自分はおかずだけで満腹状態で、早々に部屋に引き上げて19時過ぎには寝てしまった。夜中に雨が激しかった。

翌朝、雨は上がっていた。予報では昼頃には陽が射すとなっていたので、とりあえず旭岳に登る準備をして宿を出た。

ロープウェイは6時30分が始発。時間前にもう長蛇の列ができている。料金は往復で大人ひとり3500円だ。良心的な値段だと思う。ものの数分で旭岳中腹の姿見駅まで運んでくれる。熊にさえ出会う危険がないのであれば徒歩で登りたいが、ちょっと危険すぎて勇気が出ない。

頂上は雲の中。歩き出すとだんだんと雲が切れて視界が広がる。登山道を取り巻くキバナシャクナゲの群生が美しい。今年はこの花の当たり年のようだ。その周囲には百花繚乱、チングルマ、エゾノツガザクラ、エゾイソツツジをはじめ色とりどりの高山植物が小さな群落を作って咲いている。

今年は残雪が多い。眼下の景色を見る余裕もなく動悸と息切れに耐えてなんとか登る。傍目にはよほど疲れた老登山者に見えたのだろう、追い抜かれた若い女性二人組の登山者に老人はもっとゆっくり歩いた方がいいよと警告されてしまった。頂上には2時間半で着いた。ほぼ標準的な時間だろう。

頂上に立つのはこれが三回目。あいにくのガスで視界はなし。記念写真だけ撮ってもらい間宮岳へ向かう。

(一往復半した大雪渓)

(間宮岳手前から雪渓と旭岳全貌)

後旭岳との鞍部への下りの雪渓も今年はスケールが大きい。雪渓を下る前に軽アイゼンを装着した際、カメラバッグを脇の岩間に置き忘れてしまい、雪渓を下り終わって写真を撮ろうとしてカメラがないことに気付いた。降りてきたばかりの雪渓を速足でまた登り直して、無事回収したが、これが効いてしまい、この後、雪渓の下端で両方の太腿が攣ってしまった。これからが苦行のトレッキングだった。両側の大腿四頭筋が痛くて歩けない。まさに一歩一歩がやっとの状態になってしまった。雄大な間宮岳鞍部や分岐の写真を撮る余裕もなく痛みを堪えてなんとか歩く。以前に南アルプス北岳に登った際に頂上へあと少しで両脚大腿部が攣って歩けなくなってしまい北岳肩の小屋に予定外で泊まってしまった時以来のアクシデントだ。かと言って、大雪山山中の登山ルートにはひと休みできる避難小屋もなく、エスケープルートもない。あわや救助要請かも、と最悪事態が頭を掠めたが、なんとか自力で歩くしかないとゆっくりと歩き続ける。あの忘れ物さえしなければ快適な山歩きになったはずなのにと情けない気分になる。最近はちょくちょく忘れ物をするようになった。やっぱり歳のせいだろう。少し悲しくなる。でもめげていてもしょうがない。

(間宮岳への道)

通常の倍以上の時間がかかり、なんとか中岳温泉まで下ってくると痛みが少し軽くなって、ここで大休止を取った。宿で作ってもらったおにぎりを食べた。中岳温泉は国際色豊か。今年は欧米の家族連れが多かった。みんな足湯を楽しんでいる。予定ではここでラーメンを茹でて食べるはずだった。バーナーやコッヘルに食器も持ってきたが、脚の不調で意欲が出ない。パスした。

遠目にも裾合平に残雪が多い。残念ながら、今年は裾合平にはチングルマはまったく咲いていなかった。山道は雪解け水で川になっている。時期が早すぎたようだ。エゾコザクラやキバナシャクナゲが楚々と咲いていたが、一面に見渡す限り、まさに言葉通り地平の果てまで広がるチングルマの群生には今年は出会うことができなかった。

ロープウェイ駅に戻ってくる途中でチングルマの大群落をようやく見ることができた。

下山した夜は雷の鳴る豪雨だった。

三日目は朝になってようやく小雨になった。予報では昼頃前には雨が上がるとなっている。小雨になったので、車で旭川市を越えて幌加内まで蕎麦を食べに行くことにした。緑一色の水田や蕎麦畑の間に所々でオレンジ色に広がる麦畑が美しい。

(一面に蕎麦畑の広がる幌加内町)

幌加内が蕎麦の産地であることは自宅近くの蕎麦屋のポスターで知っていたが、作付け面積や生産量が日本一だとは知らなかった。辺境の小さな町にも意外とお国自慢があるものだ。

町役場近くの蕎麦屋「八右衛門」はお休みで、バスターミナルに併設された蕎麦店「雪月花」に入り、せいろとかき揚げ丼セットを食べた。ここの十割蕎麦はほんのり緑色をしている。聞くと、収穫後すぐの蕎麦の実は本来この色だと教えてくれた。その新鮮な蕎麦の実を手打ちにした蕎麦は腰が強く噛みごたえがあった。外のバスターミナルからは深川と名寄へのJRの定期バスが出ていた。旭川への直行便はないようだ。

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四日目の朝は超快晴。早朝から眩しい景色が広がっている。宿の前の道から旭岳の全貌が見えている。今日は三男家族の住む新ひだか町へ移動だ。

途中、特産のメロンをお土産に買い、上富良野町の日の出公園のラベンダー畑に寄り道。丘の上の展望台からは町全体を見回すことができた。360°のパノラマビューだ。白い噴煙を吐く十勝岳連峰がくっきり見えた。

森の中を貫く平取静内線をひたすら走り新ひだか町には午後2時過ぎに到着した。

追伸(7/20 17:00):今日関東地方の梅雨が明けた。ベランダの温度計は34.5℃まで上昇した。スマートニュースを見ていたら鳥取県大山(伯耆富士)で下山中に両脚が攣って歩けなくなった60代の男性が防災ヘリで救助されたと記事になっていた。とても他人ごととは思えない。そろそろ限界なのかもしれない。年寄りの冷や水、歳を考えなさいと言われてしまうのだろう。人に迷惑だけはかけたくない。身につまされるニュースだ。

梅雨明け間近

昨日に引き続き今日も最高気温30℃越えの真夏日だ。超大型の台風9号が八重山諸島を直撃しそうだ。この台風が行き過ぎればきっと関東地方も梅雨明けだろう。

今朝、涼しくうちに近所の久良岐公園に散歩に行くと、立派なノコギリクワガタがいた。烏の子もカルガモの子も大きくなって親に近い体型になっている。きっと今年も酷暑の夏がもうすぐ来るのだろう。とうとう昼前には今年初めての冷房を入れた。

午前中にH氏宅から恒例のお中元が届いた。鰻飯、鮎飯、蟹飯に帆立飯の横浜梅林の詰合せセットは我が家の真夏を乗り越える滋養の源、すっかり季節の風物詩になっている。

今朝はハムエッグにポテトサラダにりんごジュース、昼は牛筋カレーに愛媛の五色ソーメン、夜はニョッキと野菜たっぷりの牛筋肉のトマト煮がメニューだった。写真を撮り忘れてしまったけれど、ニョッキは日本で言えばスイトンだろう。食べてお腹は膨れるが、あまり幸福感のない食べ物である。

(ランチのカレーとソーメン)

残りものを翌日の朝に食べました。

 

 

我が家の食卓

すっきりしない天気が続く。梅雨だから当然だ。きっとこれで関東の今年の夏の水不足は心配ないだろう。

鬱陶しい天気の中、にわかサッカーファンの妻は朝早く(あるいは夜中)からテレビに齧り付いてサッカー・ワールドカップ観戦を続けている。先日、大事な敬老パスと交通ICカードをなくしてしまったので、近場のスーパーマーケットでの買い物を除けば一日中家に居て、午前も午後もテレビ観戦の疲れでずっと昼寝をしている。

自分はどうかというと、歳のせいもあるが、憧れの「飲む」、「打つ」、「買う」はもう実現不可能な古典落語で聴くだけの世界に入ってしまい、 毎日のスケジュールはシンプルに「食う」、「寝る」、「遊ぶ」の三点に集約されている。昔なら人混みの盛場に出て買い物や飲食をはじめ、やること,やりたいことが目白押しで、モダンジャズや流行のファッションにグルメ探索など、分不相応な関心事がたくさんあったけれど、今では日々の外出は鬱陶しくなり、勝つはずもない博打や宝くじには関心がなくなった。家で十代目柳家小三治の落語を聞きながらのんびりが一番、自宅での食事が一番落ち着けるようになってしまった。この一年を振り返りと、夜の外出はまったくなくなった。

「寝る」のには特にこだわりはないが、眠くなればせんべい布団に横になって寝るのがこだわりだろう。持病の慢性腰痛があるからベッドは使わない。

「遊ぶ」は旅行に限る。これが最も大変だ。もう非常勤講師が八年目となったY栄養専門学校の授業は、中小の大学が生き残りをかけて門戸を解放して入試が容易になった煽りを受けて、入学する生徒が激減してしまい、学年ひとクラスになってしまった。週一コマだけの授業数なってしまい、貴重な軍資金の確保がままならない。

鈍行列車の旅が最近の最も身近な旅のテーマだ。JRの青春18きっぷがお得プランだけれど、以前に比べると使い勝手が悪くなって残念だ。円安で海外旅行の敷居がどんどん高くなってしまって、そう何度も行けるわけはない。

時間は充分あるけれど、「教育(今日行く)」、「教養(今日用)」も連日のウオーキングを兼ねた図書館通いを除くとそんなに近場で行きたいところもないので、自宅でコソコソとできることを考えないといけない。読書やブログ書きは手軽だけれど、目が疲れるし肩も凝る。結局、一番の関心事は食べたいものを考えて自分で作ることにたどり着く。狭いキッチンに立つことが新たな人生を豊かにするための貴重な方便となっている。しかし、「食」の世界は奥が深い。蒸し暑く鬱陶しい日には油揚げ入りのあっさり関西風うどんや冷たいソーメンを食べたくなるが、これこそ禁則。満足感があって体重維持に配慮しながら、食べたいレシピを探すのは結構骨が折れる作業で時間潰しにはもってこいだ。

◯今朝の朝食。毎朝、パンを食べている。自家製ドレッシングに野菜サラダ、鰯のオイルサーディン風、チリコンカンが定番メニューだ。鰯はいっぺんに20尾ほど調理しておいて、連日食べる。ボケ防止にDHAやEPAの摂取が有効かどうかを身をもって実験というわけではないけれど。付け合わせの豆は、日替わりで卵焼きだったり、ベーコンだったり。豆と卵の日もある。

◯昼食は麺が多い。今日はトマト味の有機全粒粉ペンネにした。タンパク質と脂肪分は作り置きのローストビーフ(自家製)で補う。ローストビーフはいい肉さえ手に入れば簡単にできるので重宝だ。日によっては蕎麦やうどん,ラーメンも食べているが、炭水化物の取りすぎには注意しないといけない。作り置きのスパイシー・カレーを解凍して食べる日も多い。我が国が誇る国民食のカレー・ライスはなかなか奥が深い。我が家の定番は香辛料たっぷりのスパイシー・チキンか牛筋カレーである。時々ピザを焼く。家庭で焼くピザについてはどこかで書きたいと思う。

◯今夜の夕食は常夜鍋。肉は少しだけで野菜が主体。青菜が好物だ。失敗作の手作り豆腐に加えて、お中元に頂いた小田原「籠清」の蒲鉾を刺身がわりにビールを飲んだ。暑苦しいこの季節にはむしろ熱い鍋料理があっていると思う。手作り豆腐は現在暗中模索中。

***我が家の定番メニュー***
◯回鍋肉:キャベツや青菜、ブロッコリーの炒め物は奥が深い。回鍋肉は周富徳さんのレシピを倣って作っている。最近ようやく少しは上手く作れようになったが、まだまだ発展途上。これもどこかで書いてみたい。

◯ピザ:最近よく食べている自家製マルガリータにはベランダで栽培中のバジルは最後に加える。

◯大好きなパスタ三種

ワタリガニのトマト風味パスタ:かつては庶民の食材だったワタリガニも今では超高級素材になってしまった。

アサリのパスタ(ボンゴレ・ビアンコ):これはいつでもできる定番。

スパゲッティ・アラ・ジェノベーゼ:不在になる夏休み旅行に先駆けて毎年のベランダで育てたバジルを全部刈り取ってジェノベーゼ・ソース(バジル・ソース)を作っている。じゃがいもとモロッコインゲンが必需品。塩加減がポイント。

◯魚のイタリアン

鯛鎌のアクアパッツァ:二人前なら鯛兜の鎌で充分。経済的。

◯ドイツのジャンクフード

カリーブルスト:銀座ライオンで初めて食べた。今では我が家の定番ジャンクフード。じゃがいもは茹でるより蒸した方が美味。

◯鯛の酒蒸しアラカルト:これも超簡単。最後にかけるタレを変えれば和風、中華風と色々楽しめる。和風は吉兆レシピや成田屋(歌舞伎の市川團十郎家)のレシピ(堀越希美子「成田屋の食卓」)を参考にしている。特売で生きのよい鯛が手に入ればよく作っている。

◯蕎麦

餅入りおかめ蕎麦:食べ過ぎ注意の一品。

◯豚の角煮(東坡肉):奥の深い超難儀な料理。肉の種類でまったく違った料理になるので、買い出し時の目利きが大切。

◯蕪のポトフと蓮根のきんぴら:美味しそうな蕪が手に入ればすぐ作りたくなる。きんぴらは蓮根が一番うまい。

◯豚足とミミガー

いつも横浜橋商店街で買ってくる。味付けは色々。中華風には醤油に八角を入れて煮る。ミミガーは沖縄風に味付ける。

◯カレー・ライス

欧風牛筋カレー(赤ワイン煮込み)

◯麻婆豆腐

我が家の定番ジャンクフード。豆腐と挽肉さえあればすぐできるので食欲のない時にはよく作る。レシピは陳健一さんのものを下地に豆板醤、甜麺醤、豆豉を入れて作っている。10分かからずに出来るので我が家の代表的なお手軽メニューの一品。(写真は次に作った時に貼り付けます。)

◯ピリ辛海老チリ

孫娘が海老が大好きなので遊びに来た時やホームパーティメニューで作る。レシピは四川風の陳建民さんのものを参考にしている。有頭海老でないと旨味が出ない逸品。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タクラマカン砂漠縦断旅(旅程メモ)

五月の連休に中国新疆ウイグル自治区とタクラマカン砂漠縦断の旅に行った。いわゆる中国最西部の西域シルクロードゆかりの街を繋ぎ黄砂の発生源であるタリム盆地タクラマカン砂漠を縦断する旅だ。利用したのは西遊旅行社ツアー〈新疆シルクロードの旅8日間〉、添乗員は若い藤田創太くん(大阪支社所属)。

以下の記載は旅行中に書いた旅程メモ。詳細と写真はこれから編集する予定。

4/29 成田13:50発 上海経由ウルムチへ

上海18:30発 ウルムチ(烏魯木斉)へ4/30 ウルムチ0:20着 ホテル着1:30仮眠 4:00起床。
現地案内人(男性)はウメル・アブドラさん(トルファン出身)ホータンまでの予定。

新疆は三つの山脈と二つの盆地。はっきりと四季のある地方で伝染病が少ない。人口2000万人。47の民族、ウイグル族 930万人。日本をの4.5倍の面積166.6万平米。アルタイ山脈北側の盆地と天山山脈南側のタリム盆地。新疆時間は北京時間より2時間遅い(マイナス2時間)。

4/30 クチャ(庫車)観光


朝4:40集合 荷物チェックでiPadが荷物に入っていて荷物チェックに引っかかる。
6:30搭乗 ウルムチ発 7:25離陸
8:20クチャ空港着陸 8:45空港発 気温25℃。
終日、クチャ(庫車)観光。
9:30ヤルダン地形展望台。写真撮影。独庫終点天山山脈を南北に縦断する道。
9:45 塩水渓谷。三蔵法師が通った天山南路の地区 10:30発
キジル千仏洞。空港から西70キロ 音楽洞(別料金 300元)
スバシ故城 17:00着 17:45発

ホテル着 19:30食事

5/1 タクラマカン砂漠縦断後ホータン(和田)へ。


朝食7:10 8:18発
第2砂漠縦断道路。700キロ完走。
1回目トイレ 10:05 亀茲三重城(テーマパーク:観光施設)
G580(道路)。以後砂漠地帯
タマリス(三年に一度に花が咲く)の生えた原野
塔河大橋 タリムにかかる橋 ここを超えると本格的な砂漠 7月が雪が溶けて水量は最も多い ここでホータン川を合流してロプノールに至る
13:00〜13:40 ラグ麺とシシカバブ ビール10元
15:15〜15:45 駱駝モニュメント展望所
17:40 〜18:00 トイレ休憩 紅白山服務区。

ホータンは3パーセントが山、緑地は1パーセント。90パーセントは砂漠で、
地区人口は170 万人、市は60万人。

漢の時代 シルク製法が伝えられる。胡桃が特産、ほかに玉とシルク。
中国で仏教が初めて伝来した地。
西域南道 (玉の道)自然状況が厳しくなってやがて廃れて天山南路へと移る
4〜5千年前のヨーロッパや中国の遺跡でホータン産の玉が出土している。
国内で公務員の給料が最も高い。

ホータン検問19:10〜19:35

クチャは鉄。ホータンは紙が生産地。

タリム川。ホータン着 21:00 食事。

5月2日 ホータンからカシュガル( 喀什)へ

7:50食事 ホテル発 9:20。
ホータン博物館10:00入場 11:20発
ホータン駅 11:30着 待合室で弁当
ホータン駅発 13:00 /寝台列車下段 硬臥車両(軟臥車両はコンパートメントのこと)。
砂嵐の中を寝台列車は走る。崑崙山脈は見えず。

18:25 カシュガル着。カラクリ湖予約受付事務所へ移動、20:20終了。

5月3日 国境地帯パミール高原カラクリ湖へ

8:00朝食 9:25出発。

予定:動物市(日曜日市場)・ブルン湖・カラクリ湖・キャラバンサライ跡

カシュガルの由来:西の果ての町、石と日干しレンガの町。緑の石(レンガ?)。
三本シルクロードの合流点:天山北路・南路・西域南道

ひとつの市と11県。市60万人、65パーセントウイグル族。海抜1100〜1200メートル。年間降水量64ミリ
名産品:柘榴といちじく、9〜10月収穫。

紀元前一世紀に小国郡立。トウロク國が最も勢力あり。カラハン王朝に10世紀。ここから中国にイスラム教が広まった。

動物市 9:40着。日曜日バザールとも呼ばれる(元々は金曜日に開催が集客目的で日曜日に変更)、子獣を買って育てて売る。

ラクダを飼う:ミルクは漢方薬特に肺結核に有効、肉を食べる。
ヤク:牛肉より高価、牛より栄養価が高い。
ヤギ:肉とミルク。
羊:肉。ミルクは飲まない。生1キロ75元(生のまま35元?、一匹250元?)。
ロバ:イスラムはロバやラバの肉を食べない。ウマは食べる。漢族は食べる。
10:50 発 
カラクリ湖へ片道90キロ。
ランチ 12:10オパール村サービスエレア 12:55発
ポプラ並木、100年前にロシアから移植。風と木材。虫除けの白い漆喰。沙棗(すななつめ)の白い花

綿花栽培:中国の大部分はホータン、ニヤ、クチャ、カシュガル地区で栽培。

昔話(ガイドの住むトルファン地方):カラスの恩返し
昔々 お爺さんとおばあさんが沙棗を栽培して暮らしていました。カラスが実を食べて困っていました。ある時棗の実を食べにきたカラスは鳩の血を瞼に塗ったお爺さんに捕まり、命を助けてくれたらいいものをあげると言った。
洞穴に連れてこられ、中に入るとそこは天国のような場所だった。はちみつの川や明るい空があり、お土産に金を産むロバをもらって帰る途中の宿で偽のロバとすり替えられ村に帰ったお爺さんは村人に嘘をついたとして怪我をさせられた。数ヶ月ののち回復ししてまたカラスの洞穴に行きテーブルクロスをもらって帰る途中でまた宿ので偽のテーブルクロスに変えられてしまい家に帰ると今度も村人に嘘をついたと痛めつけられた。回復してまた洞穴に行くと今度は一本の杖をもらい帰った。途中の宿でまた盗まれ、が今度は杖が宿の主を痛めつけてロバとテーブルクロスを返して許してもらった。
村に帰ったお爺さんは村人を集めてテーブルクロスを広げ美味しい食べ物を振る舞いロバに金の糞をさせて村人たちと豊かに暮らした。噂を聞いてその地方の王様軍を率いて奪いにきたが、杖が兵隊を全滅させ、お爺さんが王様になって村は幸せに暮らしたと。チャンチャン。

13:40〜14:00 紅山トイレ休憩
キルギス族遊牧地(にすいに水川)

15:15〜25キャラバンサライ跡。ヤクと駱駝

ブルンゴール湖(白い水の湖、ダム湖)白沙湖 標高3302メートル
観光ヤク 15:50〜16:35発

カラクリ湖:着17:25 砂曇りで景色なし。 18:05発
二つの意味:
カラ:雪、クリ:湖
カラコール(ウイグル語):黒い湖 光によって黒く見える。

パミール高原:アジアの屋根。
タシュクルガン:タジキ族人口1万人の町 独特のタジキ語を話す。

21:40パール村レストラン夕食
22:30発 23:50着

ホテル帰着 0:50

5月4日 カシュガル観光


食事8:00 10:40出発。
香妃墓 アッパホジャ墓
12:35 昼食 カシュガル料理13:35 発

カシュガル古城
職人街散策
16:45〜17:15エイティガールモスク見学
17:30〜18:40ウイグルレストラン
カシュガル空港19:10

21:45 カシュガル空港発
23:30ウルムチ空港着 0:21発
ホテル着

5月5日 ウルムチ市内観光
ウルムチ市内観光 10:00出発

モンゴル語で美しい牧場の意味。ユーラシア大陸の中心。世界で海からもっとも離れた都市。人口400万人。
7月がもっとも暑い。年間降水量194ミリ。
炭鉱が多かったが現在は政治経済の町
一帯一路の中心地。イーニンから西ヨーロッパへ。

国際大バザール(観光施設) 10:30〜13:10
ランチ 13:20〜13:50
博物館 14:00〜16:00 16:20発

夕食16:30 ホテルにて 17:30発

ウルムチ空港 18:00着 20:20発
上海浦東空港着 1:1 5
空港ホテル北寮2:00着、就寝3:00。

5月6日 上海経由で帰国

起床 7:00 出発 9:00。
上海浦東発 11:45成田着14:55(日本時間15:55)。