白濁の黒湯温泉と霧の秋田駒ケ岳

乳頭温泉郷七湯のひとつ、黒湯温泉は単純硫黄泉を源泉とする老舗の温泉宿である。

ブナの森に囲まれた三百五十年に及ぶ長い歴史のある温泉で、名前は黒湯だがお湯は白濁した硫黄泉だ。先達川沿いに温泉が自噴する河原に点在する宿泊棟や茅葺の自炊棟、川沿いの露天風呂など、昔懐かしい風情が心和ませる。旅の三日目はここに二連泊することにした。

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今回の北東北の旅行は途中で梅雨明けを迎えることができるかもしれないと期待して自宅を出発した。7月下旬の10日間は自分の中ではすべて夏休みで、これといった仕事や用事の予定を入れずにおいたから、宿泊日数も特に決めず、風任せ天気任せのつもりで旅に出た。

黒湯温泉宿泊棟の八畳間に入ってすぐ、この後の計画をどうするかを決めるためにインターネットで天気図をみると梅雨明けを思わせる太平洋高気圧の発達がみられない。そればかりか西日本に豪雨災害をもたらした梅雨前線が北上してきている。このままだと東北地方にも水害が発生しそうな気配だ。それでも天気の予報は、難しい。コンピュータを屈指して判断しているはずのNHKの天気予報でさえ必ずしも当たっていないことがしばしばだ。天気が悪ければ温泉で日がな一日のんびりするのもわるくはないが、ひどい雨や風でもないかぎりせっかくなのでブナの森やを東北地方独特のたおやかな山道を歩いてみたい。第一候補はこの温泉地が登山口の乳頭山だ。以前、好天の秋田駒ケ岳に登った際に見えた頂上が女性の乳首を思わせるこの山に、いちど登ってみたいと思っていた。黒湯温泉を宿泊地に選んだ理由のひとつもそれだった。

露天風呂や温泉施設の偵察に出かけた家内が部屋に戻ってきて、先ほど乳頭山から下ってきた登山者と出会い、話をすると登山道は草払いもあまりなされておらず登山道は荒れていて歩くのが大変だったと聞いてきた。不慣れな道で、しかも天気が悪ければ危険もあるから第一候補の山歩き計画はあっけなく消滅してしまった。景色は望めなくても安全第一を考えると、この近くでは登山道のよく整備された秋田駒ケ岳しか登れる山がない。翌日の朝の空模様でどうするか決めることにした。

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黒湯温泉受付

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宿泊棟入口

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古式ゆかしい木造の自炊棟

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木造自炊棟のすぐ下の茅葺屋根の自炊棟(右側)

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一度は泊まってみたい囲炉裏のある茅葺屋根の自炊棟

黒湯温泉はすばらしい温泉宿だった。これまで泊まった温泉地のなかでもおそらく一、二を争う温泉地だと思った。食事付きの宿泊棟は廊下が木目の真新しい施設で、浴槽や床が木製(檜?)の男女別の内湯がある。外には男女別の露天風呂、野趣あふれる混浴の露天風呂と打たせ湯があり、お湯の温度はほぼ42℃前後。熱くも温くもない。温泉は大好きだが、夫婦して長湯のできないたちなのでこの温度はちょうどよい。お湯は白濁の単純硫黄泉からの引き湯で加水せず自然な温度調節がされていて皮膚への刺激は少なく、二度三度と入っても皮膚が荒れない。

食事も素晴らしく、前の日に泊まった米内沢の釣り人相手の宿とは雲泥の差だった。しっかりした老舗旅館の料理で品数もあって満足だった。ちなみに朝夕二食付きトイレなし八畳間で一泊一人12500円だった。とても良心的な値段設定だと思う。

よく磨きこまれて黒光りする廊下のある自炊棟もよかった。次に来るときはこの自炊棟の古風な障子で区切られた客間に泊まってみたい。茅葺屋根の自炊棟も魅力的だった。こちらに泊まった場合は調理はすぐ上の自炊棟の調理場を利用するようだ。こちらの部屋にはそれぞれ囲炉裏が切ってある。炭を熾して鍋をぶら下げ、のんびり田舎料理をつつきながら秋田産の地酒を飲むのもオツだろう。

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男女別露天風呂

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男女別露天風呂の内湯

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一泊目の夕食。魚は山女魚。

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二泊目の夕食。魚は鮎。

旅の四日目(7月27日、月曜日)は小雨時々霧雨。残念ながら天気予報通りの朝。でも風はなくこれなら雨具を着れば山道を歩けないこともない。景色は期待できないが、3回目の秋田駒ケ岳に登ることにした。

秋田駒ケ岳(1637m)は深田久弥による百名山の選には漏れてしまったが、なだらかな山容や頂上直下の浄土平や阿弥陀池、山肌を埋める花々が多彩で美しく、登って楽しい変化に富んだ名山だ。田中澄江の花の百名山には選ばれている。さまざまな登山コース(6コース)があるが、最も高所の八合目登山口まで車で登れる。ただしハイシーズンはマイカー規制あり、乳頭温泉郷近くのアルパこまくさバスターミナルでバスに乗り換えるなければならない。登山道はよく整備されていて危険な箇所はない。晴れていれば頂上からの眺望も抜群で、歩けば風も心地良い明るい山だ。

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木道そばに咲くニッコウキスゲ

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男女岳頂上の記念写真

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珍しいミヤマハンショウズル

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初めて写真が撮れたミヤマハンショウズル

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焼森の斜面に群生していたコマクサ

この日、バスに乗って八合目まで登った乗客は我が家を含めて5人だけだった。天気が悪いので覚悟はしていたとはいうものの、雨とガスで全く何も見えない。登山道でも数メートル先が霞んで見えなかった。高山植物はまさに花盛りで、見える範囲だけでも多彩な種類が咲いていて、色とりどりとても綺麗だった。男女岳(おなめだけ、女目岳とも書く)が頂上だ。せっかくなので頂上だけは踏んで横岳、焼森を回って八合目に下った。下山途中に少しだけ霧が晴れ、馬場の小径(ムーミン谷)に雪渓が残っているのが見えた。焼森の斜面にはコマクサが群生していた。ちょうど3時間で八合目バスターミナル前の避難小屋に戻った。あとは温泉に戻り、のんびり露天風呂に浸かって、疲れを癒した。

山歩きと温泉疲れで夜は早々と床に入って寝てしまった。夜半から翌7月28日の朝にかけて凄まじく雨が降った。雨音で夜半に目が覚め、インターネットを見ると秋田地方全域に大雨警戒警報が出ていた。朝になると県内の雄物川支流で氾濫が起こり、大仙市内では避難指示が出て、由利本荘でも土砂崩れで市道が寸断されたとある。さらにこのあと大仙市と美郷町では避難勧告が出された。東北自動車道上り線でのり面の土砂が崩れ一部上下線が通行止めになり、秋田新幹線は始発から運転を見合わせているとあった。梅雨明けを控て、まだこのあとも東北地方は大雨が続くようだ。ここらが潮時だろうと思った。5日目で旅を切り上げて帰宅することにした。

午前8時前に黒湯温泉を出発し、大仙市、美郷町を通り一般道で秋田県内を南下した。途中、大雨で田畑や住宅が水浸しになった地区があった。秋田自動車道の湯田ICから高速道に乗った。一路東北道を走り、自宅には18時過ぎにたどり着いた。

翌7月29日のNHKでは28日から29日にかけて山形地方に大雨が降り最上川が氾濫したと報道された。

今年の夏休みはこれで終わった。
* *

この記事がブログを始めて1200件目の記載になった。10年以上もよく続いたものだと自分でも感心する(祝。

 

 

太平湖と小又峡の滝巡り

 

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太平湖の航跡

北東北の旅は三日目、連休最終日の7月26日は日曜日。もし天気が回復するようであればもう一度森吉山に登って北東北の山々を眺めたいと思った。残念ながら目覚めると外はしっかりと雨だった。

前夜、次の宿泊地をどこにするかあちこち探していると、この近くの乳頭温泉郷黒湯温泉が空いていて予約が取れた。有名温泉なのに空いていたのは日曜日の夜だったからだろう。あるいはコロナウイルスのせいで客足が減ってしまったからかもしれない。

以前に秋田駒ケ岳鳥海山に登りにきた際、田沢湖国民休暇村キャンプ場にテント泊して乳頭温泉郷の鶴乃湯と孫六温泉で立ち寄り湯に入ったので、もし次にこの辺りに泊まることがあれば是非、黒湯に入りたいと思っていた憧れの温泉宿である。テントのポールを忘れたことで図らずも積年の夢が叶うこととなった。瓢箪から駒状態だ。

宿泊地が決まったので、前夜、自分は早々と寝てしまったが、寝ている間に家内がインターネットを調べて、近くの人造湖太平湖の遊覧船が森吉山のゴンドラ同様に無料になっており、遊覧船で渡る小又峡(こまたきょう)が面白そうだと探し当てた。

気楽な行き当たりばったり旅である。三日目もまた全くの予備知識無しに遊覧船に乗り小又峡に渡って滝巡りをすることにした。

 太平湖は米内沢から昨日通った羽州街道を経ておよそ50分。始発の遊覧船(9時30分発)に間に合うように宿を出て森の中を走り9時にレストハウスに着いた。途中で雨が上がった。日差しはなかった。こんな山奥に観光客が来るのだろうかと不安になるほどの人里離れた山奥のレストハウスだった。以前はレストランも営業していたようだが、今では観光土産や絵葉書の他は湯沸かし器のそばにカップ麺が売っているだけの寂しいレストハウスだった。

太平湖は太平鉱業株式会社(現三菱マテリアル)が鉱山開発のための電力確保の目的で秋田県との共同事業として1952年に完成した森吉ダムによって出来た人造湖だ。遊覧船乗り場はレストハウスからさらに急坂を10分ほど下った湖面にあった。

百人が定員の遊覧背に乗った観光客は十人あまり。船は柱状節理に囲まれた湖面を進む。湖底にはかつてここにあった集落が沈んでいるという。

鏡のように静かな湖面を美しい航跡を描きながら船はゆっくりと進む。車一台すれ違うのがやっとの細い道が続くこんな山奥の人造湖にどうやって船を運んだのかが不思議だ。どうも観光船はエンジン不調で運休していたようで、つい十日ほど前に復旧したばかりのようだ。湖面には、かつて木材搬出用に築かれたトロッコ軌道を支えた遺構が残っていた。今はもうこの地の林業も廃れてしまい自然に任された森は濃い緑青を湖水に映し出していた。

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太平湖遊覧船

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太平湖は鏡のように美しい人造湖だった

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抽象画のような模様の航跡

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鏡面の緑陰

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崩れ落ちたトロッコ軌道

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小又峡の入口の浮き桟橋

小又峡は森吉山麓奥森吉地区に佇む秋田県指定名勝及び天然記念物である。全長6キロに及ぶ自然探索路で、小又峡桟橋から「三階の滝」までの約2キロ、片道1時間が遊歩道の整備された観光ルートだった。三階の滝より先は本格的な沢登りの装備を必要とする。気ままな今回は観光ルートを往復した。

太古の森吉山噴火で流出した火砕流で出来た台地が雨水を集めて流れるノロ川によって侵食され小又峡になった。流域は変化に富み、広い滑滝や水しぶきをあげて落ちる落差のある滝、深く削られた溝のような水路など、国内ではなかなか見ることのない景観だった。地元では有名な観光地のようで軽装で訪れる高齢者や幼い子どもを連れた家族の姿があった。きっと紅葉の頃には大変な賑わいなのだろう。

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カエルの出迎え

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小又峡滝巡り

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多彩な滑滝がある

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小又峡滝巡り

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美しい滝が続く

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滝巡りのゴール三階の滝

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国内では珍しい狭く深く削られた峡谷の流れ

折り返して桟橋に戻る途中から上がっていた雨がまた降り出した。雨足はみるみる強くなった。桟橋の近くの道で雨具を着込んで帰りの遊覧船を待ったが、傘を持たない親子連れはすっかり濡れ鼠になっていた。音を立てて降る激しい雨に定刻正午に着いた遊覧船から桟橋に降りる観光客はおらずそのまま湖水だけで遊覧して帰る客ばかりだった。

天気の好転する気配がなく、午後の観光は諦めて乳頭温泉郷黒湯温泉に向かうことにした。ふたたび秋田内陸縦貫鉄道沿いを車で南下し、田沢湖畔からまた山道に入り黒湯温泉には午後4時に着いた。雨の中、途中で道の駅に寄り道しながらの3時間のドライブだった。






 

 

 

 

森吉山と秋田内陸縦貫鉄道

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今回の北東北の旅は予定未定で出発した。訪れたい場所は複数あった。

最初に泊まる宿だけは決めて、あとは泊まるところが見つからなければ、すぐそばに立ち寄り温泉がある定番の岩木山山麓の桜林キャンプ場に野宿するつもりでテントと炊事用具と生米を車に入れてきた(つもりだった、詳細は後述)。あるいは天気によって臨機応変に場所を決める算段で旅に出た。

昔、弘前ワンダーフォーゲル部に所属してたころ、部室内でよく山行計画の話を聞いた北秋田の独立峰、森吉山は花の美しい山として知られていた。弘前からはすぐ近くで現在は町村合併で北秋田市が所在地になった眺望の優れた山だが、その頃は他の名だたる東北の峰々や雄大な北海道の山に夢中で登る機会がなかった。あまりに近かったせいもある。いつでも行けるからと思っていたが、ついに機会を失った。

白神山地の田代岳も同じように登ってみたい未踏峰だ。

若いころ、何度も登った岩木山にももう一度登ってみたい。

もし天気が良かったら酸ヶ湯にキャンプして、梅雨明け間近の八甲田を歩くのも魅力的だ。

つまるところどこでもよかったのだ。関東地方に蔓延するコロナウイルス感染による閉塞感から脱出したいというのが本音に近いと言ってもよいかのしれない。

天気予報は梅雨明けを控て、雨や曇りマークが続いているが、天気ばかりはその地に行ってみないとわからない。

思案の末、まず最初に天気の予報が比較的よい森吉山に足を運ぶことにした。宿泊は登山口に近い秋田内陸縦貫鉄道の米内沢(よないざわ)駅から歩いて5分の阿仁川鮎センターあゆっこ温泉に予約をとった。

米内沢の集落にはゆかりがある。昔々、この小さな集落には町の風情と不釣り合いな洒落た公立施設があり、そこで生活費を稼ぐために土日の当直アルバイトをしていたことがあった。ロビーには周囲に非常用らせん階段がある創建当時のモダンな木造建築の写真が飾ってあったことを思い出す。当時は大学院生で正規の収入がなく、土日一回の当直料が破格で、うきうきと給料日を待って手にした明細書の数字が1回分と思っていた額が一か月4回分の額とわかり、愕然としたことがあった。すでに施設は廃止されているが、その地が現在どんな場所になっているのかもういちど見てみたいとずっと思っていた。

八幡平に寄り道してアスピーテラインから北秋田に向かう途中で、突然車道に真っ黒い固まりのようなものが転がり出て驚いた。小柄のまだ若い熊だった。近くに親熊がいるはずだが見つけることはできなかった。あまりに突然だったし、車の運転中だったので写真に撮れなかったのが残念だ。

辿りついた米内沢集落は眠るように静かな町だった。本当の田舎の駅で列車が来ない時には駅舎の入り口は閉まっており、駅前には駐車場しかない。商店街はなく、少し離れた幹線道路わきにコンビニが一軒だけがある小さな町だ。

この地域を流れる阿仁川は鮎釣りのメッカであることを来てから知った。泊まった宿は大きな鮎養殖センターに付設されており、釣り客が目当ての派手な黄色に塗られた施設で、笑い話のようだが、アユの養殖池を掘削していて偶然に温泉を掘り当てたことで温泉宿を開いたという。本当の話のようだ。玄関前の駐車場には関東ナンバーの車が多数停まっていた。

受付で昔あった公設施設のことを聞いてみたが、ずっと昔の話だとだけ言われた。すでに40年以上むかしの話だから、もう知る人も少ないのだろう。その所在地がどこであったかは分からなかった。宿の内湯のこじんまりとした浴槽を満たす加温した温泉は無色透明でにおいも弱く気持ちがよかった。ここに二泊した。夕食の主菜は鮎だった。

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森吉山阿仁スキー場ゴンドラ乗り場の朝

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ゴンドラには20分乗る

旅の二日目、7月25日は小雨時々曇り。花の百名山、森吉山に登った。

森吉山阿仁スキー場からゴンドラに乗った。8時45分運行開始のゴンドラ乗り場は長蛇の列だった。景気の良い高度成長期、森吉には西武の肝いりでスキー場が2か所開発される計画があった。そのうち現在も運営しているのが阿仁スキー場である。一か所は開発がとん挫した。この日、ゴンドラは北秋田市新型コロナウイルスに対する経済対策で無料で来訪者に開放していた。

ゴンドラ山頂駅を降りるとあたりは小雨と一面のガス。なにも見えない。視界はせいぜい20メートルといったところだった。

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山は花盛り。霧の中を花をかき分けて登山道を進む。ニッコウキスゲの群落が道を塞ぐように咲いていた。

残念ながら視界は不良。晴れていれば岩木山鳥海山秋田駒ケ岳など、頂上からは360度の眺望が得られたはずだが、何も見えなかった。

雨は上がって正午前にゴンドラ乗り場のすぐ上にある展望台に戻ってきた。ここで、天気がよくなればのんびりと頂上で食べようと 持参したインスタントラーメンを煮て今朝コンビニで買った握り飯とともに昼食をとった。少し霧が晴れ、樹海の中にゴンドラが見えた。この日はじめての眺望だった。

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阿仁避難小屋

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森吉山頂上

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頂上の方位盤

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登山道に咲くニッコウキスゲ

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ゴンドラ山頂駅を展望台から眺める

スキー場の最寄りの駅は秋田内陸縦貫鉄道阿仁合(あにあい)駅だ。

秋田内陸縦貫鉄道秋田内陸線鷹ノ巣駅角館駅を結ぶ北秋田の動脈である。これまで何度も存亡の危機を乗り越えてきた第三セクターが運営する鉄道だ。かつてこの沿線は石炭や鉱物資源の産地として繁栄した。阿仁鉱山は日本三大銅山のひとつだった。今では無人駅が連なるつつましいこの鉄道はこの地の産業を支える生命線であった。阿仁合の町はこの単線のローカル線の中間地点で、沿線では最も賑やかな集落である。真新しい駅舎には売店やレストランがあり駅員も常駐していた。駅舎に繋がる商店街はこの地方が辿った賑わいの歴史を彷彿とさせる。

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阿仁合駅に停車する秋田内陸線

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秋田内陸線の車内の様子

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懐かしいサイダーを買って列車の乗った

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車窓から眺めたチコちゃんの田んぼアート

下山すると下界の雨はすっかり上がっていた。阿仁合駅に行くと、ちょうど都合の良いダイヤに出くわしたので、駅の売店でサイダーを買い、午後は列車に乗って角館を往復することにした。往復三時間あまり、鉄道ファン垂涎のローカル鉄道の旅だ。来るまでは予想もしなかった展開を愉しむことになった。

角館へ向かう秋田内陸線は点在する田園を抜けて深い森の中を走る。深い渓谷にかかる鉄橋を渡り長いトンネルを抜ける。この地はマタギの郷である。いまでも生業(なりわい)としてマタギを続ける人たちがいるのだろうか。もしいるとしたらこの森はマタギの生活の場所なのだろう。あるいは、人と生き物たちとで凌(しの)ぎのドラマが展開される神聖な場所なのかもしれない。

終点の角館ではすぐ折り返しの列車に乗った。帰りはガタゴトと揺れる一両編成の急行に乗り阿仁合駅に停めた車に戻った。

宿に帰ると梅雨の晴れ間に、荘厳な夕焼けが迎えてくれた。

明日以降の予定をたてるために荷物を調べると、テントのポールがないことに気が付いた。なんとなく気になっていたのだ。肝心かなめの道具を忘れてきてしまって、これではキャンプはできない。来たばかりだが、計画を練り直さなければならないことになってしまった。

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二連泊したあゆっこ温泉は一泊8500円。一日目の夕食は鮎の甘煮と平貝のカルパッチョに上げ餃子(冷凍物)。二日目は鮎の塩焼きにだまっこ汁。素朴だがコスパは悪くはない。

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一日目の夕食。

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二日目の夕食。




 

八幡平

秋田と岩手にまたがる八幡平は太古の噴火によって噴き出た溶岩がもっこりと固まった高原のような山である。まるで緑色の握り飯を押しつぶしたような火山地帯だ。

名前は、むかし、征夷大将軍坂上田村麻呂がこの地で八幡神に武運長久を祈願したことに由来するという。

史実には田村麻呂がここを訪れた記録はないらしいが、あちこちの温泉から噴き上がる猛々しい噴気や幾重にも織りなす雄大な山並みは荒ぶる軍神の名にふさわしい。

この山域には点在する温泉地を繋ぐ快適な自動車道路 が整備されており、この八幡平アスピーテラインを利用すれば誰でも労なく来ることができる観光地になっている。

これまで何度もこの火山域を車で横断したり、沿道の後生掛温泉にも泊まったりしているが、最高地点である山頂を踏みしめたことはなかった。

朝三時過ぎに自宅を出発して予想外に早く盛岡を通過した7月24日の昼前、途中何度か強い雨に打たれたけれど、渋滞もなく高速道路が北東北に車がたどり着くと、雨が上がり、暑くも寒くもない快適な初夏の気候となった。

この日の目的地は北秋田の花の百名山、森吉山に近い阿仁川沿いの集落である米内沢としていた。天気が好転したので東北自動車道松尾八幡平ICで降りて八幡平に寄り道することにした。

見返り峠の駐車場には午前11時半過ぎに着いた。ここが八幡平頂上への登山口である。案の定、駐車場は観光客で混雑していた(駐車場料金一回500円)。

レストハウスで水とお菓子を買い込み、軽登山靴に履き替えて歩き出した。下調べもなく来てしまったので、案内板を見るといくつもの沼があり頂上への道は沼巡りの道になっていた。

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よく整備された遊歩道を鏡沼から時計回りの歩くことにした。思ったほど人がいない。

八幡平は美しかった。

まったくの予想外の景観と夏の花の饗宴に驚いた。

緩やかな登山道を登ってゆくと緑濃い森の中に大小の沼が点在する。

頂上に組まれた展望台からの眺望はなかったが、森のなかに佇む池塘やお花畑のような高山植物の群生は深田久弥の「日本百名山」や田中澄江の「花の百名山」に選ばれただけのことはある。

誰でもが歩ける観光地だからとなんとなく気が進まなかった八幡平に対する先入観は大きな誤解だった。おそらく日本の高山地帯でこんなにも簡単に美しい湿原や山の花に接することができる場所はこの八幡平以外にはないだろう。

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森の中の八幡平頂上1613m

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鏡沼

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展望台からの眺望

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ワタスゲの咲く湿原への道

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多彩な高山植物に出会う

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木道が気持ちよい

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八幡沼全景

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八幡沼

わずか二時間足らずの八幡平頂上付近の散策だったが、こたびのような夏の花の時季や天気の良い紅葉の季節にもぜひまた歩きたい場所のひとつになった。

周辺にはたくさんの鄙びた温泉地があるので湯治がてらに寄るのも良いかもしれない。

八幡平周遊は新たな愉しみを見つけた旅となった。東北はそれほど関東から遠くない。


 

梅雨明け間近

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去年採れたタネから咲いた朝顔

今日から早、八月。今日は久し振りに午前中から抜けるような青空が広がりようやく梅雨明けが近づいたようだ。(追記、昼のニュースでは気象庁が関東地方の梅雨明けを発表した。)

温暖化の影響だろう、今年の梅雨もあちこちで豪雨による水害が発生した。

それも、このところ毎年のように五十年に一度の規模の大水害が日本中で発生し、この異常現象も自然災害というより人災だろうと思うより仕方がない。まるで災害が例年の年中行事のようになってしまった。

特に今年の梅雨は関東でも雨が続き、日中でも肌寒いほどの日が何日もあった。

日照時間が少ないのにベランダの朝顔が次々と花を開き、風船葛が大きく膨らんでいる。

今まで気にも留めなかったが、よく見ると朝顔には六角形と五角形の筋がある花があることに初めて気がついた。何故だろう。この点に注目して、しばらく観察を続けることにした。昔懐かしい小学生の夏休みの宿題のように、絵日記をつけたらいいのかもしれない。八角形なんぞの花もあるのだろうか。

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伊勢原のM氏からもらった種子から育ったフウセンカズラ

先週は、本来ならオリンピックの開催日に合わせて休日となった海の日、スポーツの日に続く土日が四連休であったけれど、コロナウイルス感染症の蔓延で、関東地方では海水浴場の設営が中止され、悪天候もあって息子たち一家も釣りやキャンプの予定を立てていたようだが変更したらしい。各地の夏祭りも軒並み中止になって気が滅入る。京都の祇園祭などはそもそもが疫病退散を祈願する祭りなのに山鉾の巡行中止は哀しいばかりだ。

高齢者には日々が不要不急の連続で、これといった予定もない夏休みのような毎日だが、雨ばかりと暗いニュースの連続では気鬱になってしまうので、先週後半は心身の健康のために、愛車にテントを積み込んで予定未定のまま、ひっそりと東北地方の旅に出かけることにした。

とりあえずブックオフで三十年前に発行された「東北百名山」(東北山岳写真集団編、山と渓谷社発行、定価二千円、中古購入価六百円。1990年7月発行)を買い込み、目指すはまだ歩いていない北東北の花咲く山々とした。

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ちょうど三十年前の七月に発行された山歩きガイドブック

 

土用の鰻

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雨の日が続く毎日。去年取った種子から育った朝顔に連日青と赤の花が咲く。

今日は日曜日、久しぶりに昼前から日が差した。

夏の常食スパイスカレーの材料が底をついたので電車に乗って買いに行った。

調べてみると我が家のスパイスの在庫は19種類(シードとパウダーを数えると21種類)。

基本となるクミンパウダーがもうないのでこれから夏を控て補充が不可欠だ。

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京急線日ノ出町から歩いて数分の裏町にあるインドスパイスの専門店では近所のスーパーマーケットや百貨店の3分の1以下の値段でスパイスを買うことができる。しかも種類が豊富。なんとインド旅行で買ってきたブラックカルダモンシードが現地(シッキム)の市場より安く売っている。

全部で10品まとめ買いしたので6千円あまりになった。これでそおそらく半年は持つだろう。

お昼時になったので関内駅前の老舗の鰻店「わかな」に鰻を食べに行くことにした。

明後日は土用の丑の日だ。

予想どおり昼時を控て店の階段は長蛇の列、席に着くまでおよそ40分、注文がくるまで20分。結局、店に入って1時間あまりで鰻重にありついた。

この店のたれは甘みが抑えてあり、やや辛い。個人的にはもうすこしだけ甘味があるほうが好みだ。たれのレシピはその店の秘伝なのだろう。

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まずはビールのつまみのウザク

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次は肝吸いに付け出しのお新香

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待望の鰻重

年中行事になった土用の丑の日の鰻食いで、すっかり満腹になった。また腹がでてしまう、

ちょうど文化勲章受章の小説家、阿川弘之のエッセイ「食味風々録」を読んでいるところだった。

文豪の多くが食べものについて書き物を残している。この書にも鰻の蒲焼がでている。広島育ちの氏ではあるが、東京帝大卒で関東の味に慣れているからか、関東の鰻の蒲焼が関西風より口にあうようだ。

名古屋には郷土食「ひつまぶし」があるし、地方にはその土地その土地で育まれた鰻料理がある。

すでに20数年以上前になるが、九州柳川の町で食べたひつまぶしの濃い味わいが記憶に残っている。

鰻はかつて庶民にも手の届く御馳走だった。池波正太郎のエッセイーにも母親が一人で好物の鰻の蒲焼を食べに行く逸話がでている。女手一つで子育てに身を削る下町のおかみさんのささやかな息抜きの場面が印象的だ。古典落語のネタとしてもたびたび現れる。

寿司やすき焼きと並んで日本を代表する鰻料理ではあるが、遥か昔の江戸時代には、庶民の身近で下賤ともいえる食べ物だった。どうも江戸時代はぶつ切りにして焼き、タレをつけて食べたようだ。

いまではまったくの高級料理になり、年に一度丑の日に食べられれば幸せな、高嶺の花のような食材になってしまった。高級料亭でうんちくを並べるグルメにとってさえ絶滅危惧種の天然物なんぞもってのほか、国産の鰻はとっておきの御馳走である。

阿部弘之はスペインで食べた鰻の稚魚が絶品だった書いているが、あるいは近い将来、日本鰻は天然記念物になるかもしれない。東南アジアの海で捕獲した稚魚から養殖はできても、いまだ卵の採取や完全な養殖に成功していないから、この先まったく口に入らない幻の食材になるかもしれない。

これからは、年に一度の鰻記念日に、財布の底をたたいての老舗巡りも悪くない。それぞれ店の伝来の調理法を味わうのも、なかなかおつな趣がある趣味だろう。

息女の阿川佐和子の新刊エッセイ「アガワ家の危ない食卓」を図書館に申し込んでいるが、順番が来るのはまだまだ先になるようだ。

彼女にも食に関する多くのエッセイがあるが、この親にこの娘あり。氏(うじ)もあり、育ちもありで、食文化は未来に受継がれてゆくのだろう。

夜になってもお腹が空かず、夕食はあっさりと冷やしたところ天だけ食べた。

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梅雨の尾瀬ヶ原

嵐のような雨と風の梅雨模様が続く。

こんな天気の毎日だけれど、しばらく尾瀬に行っていないので、さんざん迷ったあげく、日帰りで尾瀬ヶ原の空気を吸いに行った。

車中ずっと雨。

戸倉駐車場に車を停めはしたが、引き返そうかと思った。

意を決して乗り合いタクシーに乗った。

それが鳩待峠から下りだすと小雨になり風が止んだ。

山ノ鼻につくと奇跡的に雨が上がった。

山の天気は予測不能

朝の尾瀬ヶ原は人影まばら。

途中、大きな荷を担ぐ歩荷の若者に会っただけだった。

山ノ鼻から牛首を経てヨッピ橋で竜宮へ曲がる、お決まりの周遊コースの散策だったけれど

カキツバタヒオウギアヤメニッコウキスゲ、キンコウカ、トキソウ、サワラン、ヒメシャクナゲ、・・・などなど、湿原は花盛り。

前の晩遅く、突然行くのを決めたから無理だったけれど、孫のカン君を連れてきたかった。

静かな梅雨の季節の尾瀬歩きだった。

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