多摩川の源頭・源流を訪ねる〜笠取山

酷暑の続く毎日。今年から新たにできた「山の日」の制定記念に、8月11日(土)は多摩川の源頭・源流を訪ねる笠取山登山に出かけた。
この山は田中澄江著「新・花の百名山」に載っているけれど、どういう訳か、山と渓谷社NHKの番組を踏まえて編集した「花の百名山」には記載がない。おそらく、今ではこの山は知る人ぞ知る隠れた百名山になっているのかもしれない。
笠取山の山頂は山梨県と埼玉県の県境にあるけれど、都民の重要な水源なので管理にはかなり東京都の手が入っているようだ。
「山の日」はお盆と重なるので、どこに行くにしても大渋滞、大混雑は覚悟のうえだ。
自宅を6時過ぎに出発して、圏央道も中央道も渋滞で、あらかじめグーグルマップで調べた時間より2時間遅れて、登山口の作場平口に着いた。お昼の12時近くだった。


午前中は晴れていたが、登山口に近づくにつれ、だんだんと空が暗くなって、歩き始めると1時間もしないうちに雨になった。
登山道はよく整備されていて、カラマツやミズナラ、ヒノキの森を沢沿いに登って行く。幾組も小さな子供を連れた家族とすれ違い、この山が穏やかで地元の住民に愛されている山であることが感じられた。
幸い雨脚は強くならず、降ったりやんだりの空模様で、2時間かからずにテント泊予定の笠取小屋のテント場に着いた。
着くと同時に大きな声で小屋から出てきた初老の主人に迎えられ、雨なので木の下がよいだろうと、森の中のテント場に案内された。

聞くと主人は父親の跡を継いで2代目で、今の小屋はレトルトカレー(三百円)やカップ麺は売っているが、食事の提供はしておらず、素泊まりのみで営業している(一泊四千円、テント泊は一人五百円と格安)。
大正時代の初期、この地域は焼き畑農業が原因の山火事で、あたりはすっかり禿山だったそうだ。
東京都の職員が多摩川源流の調査に来た1922年以降、水源の山を守る目的で植林が続けられ、今の姿の深い森ができた。この小屋の由来はこの植林のための作業員の宿舎だそうだ。
音を立てて清流が流れ落ちる水場は小屋から歩いて5分足らず下った登山道の脇にあり、小屋の傍には綺麗なバイオトイレが整備されていた。
森の暗がりから響く甲高い鳴声に驚いて目を凝らすと十数頭の鹿の群れが餌を求めて小屋のすぐ近くまで寄って来ていた。近寄るといっせいに逃げてゆく。


この小屋の利用者は常連や学校の体験学習の生徒が主なのだろう、二棟のトタン屋根から伸びた煙突からは薪を焚く青い煙が上って懐かしいにおいがあたりに漂う。小屋の主人は寒かったらストーブにあたりに来なさいと声をかけてくれた。声の大きな、にぎやかで人のよさそうな男主人の下の名前は、どうもシズカさんというらしい。
あいにく霧で視界がないので笠取山の頂上に立つのは翌日にして、下界とは別世界に涼しい(おそらく20℃以下)の森のなかで、テントの前に座り込んで日没までのんびりとビールとウイスキーを飲み、ご飯を炊いて過ごした。
今回は新たに買い込んだ一人用の飯盒のメスティンの使い卸だ。

森の木々を見ていると目の前の枯れ枝の山からリスが出て木登りを繰り返していた。
マルバタケブキの花が全盛で、鹿はこの花を食べないからだろうか、辺りはこのキク科の多年草が群生していた。
小屋には数人の泊り客がいるようだが物音は聞こえなかった。テント場はもうひと張りのソロテントがあるだけの静かな夜になった。
深夜三時過ぎにテントを出て夜空を見上げると、月はなく満天の星が煌めいていた。次に来るときは三脚を持参して天の川を撮りたいと思った。遠くで雷が光るのが見えた。雷鳴は聞こえなかった。


朝目を覚まして外に出てみると二時間前には晴れていたのに辺りは一面の霧だった。小屋の煙突からは昨日より鮮やかな青い煙が出ていた。
期待に反しての曇りと霧だったが、6時すぎに多摩川の源頭と源流を見に出かけた。
なだらかな山道を登ると多摩川、荒川、富士川分水嶺があった。昨日の雨も、この分水嶺の東側では関東平野の西部を潤す荒川に、西側では静岡を流れる富士川に、南側では奥多摩湖に蓄えられたのち多摩川となるのだろう。




歩き始めて一時間もしないうちに目指す源頭に着いた。多摩川の源頭は水干(みずひ)と名前が付けられていた。水が尽きる場所という意味だろうか。一滴の水のしずくが地中に入り、すぐ下につづく源流の沢となって奥多摩湖への流れとなっている。すくって飲んでみると微かに草のにおいを思わせる爽やかな味がした。
このあと笠取山の頂上に登った。頂上直下は胸突きの急登だ。あいにくのガスで景色はなかった。天気が良ければ大菩薩嶺秩父の山々や眺められるのだろう。




小屋への戻る草地の道には一面に黄色いマルバタケブキが咲き広がり、派手とは言えないけれど見事な晩夏のお花畑になっていた。
カラマツやブナ、コナラの紅葉が見事だろうから秋の深まる頃にまたテントを担いで来たいと思った。星空写真を撮るなら機材が重いので暖かなストーブのある小屋泊まりでもいいかもしれない。

(下山途中で出会ったカエル(帰る?))
帰りは丹波山(たばやま)温泉道の駅で鹿味噌丼と鹿肉カレーを食べ、奥多摩湖を経て、青梅市内から圏央道に乗って帰ってきた。
自宅に着いたのは午後2時半だった。
景色には恵まれなかったが、多摩川源頭の旅は、山の日にふさわしい味わいのある一泊山歩きだった。