バルセロナ(続)_スペイン瞑想旅行

バルセロナの三日目のメインはグエル公園の観光だった。

グエル公園はお伽の国。ヘンデルやグレーテルが住む不思議の国。

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(入口の両脇にある園内から見て左が門番の家、塔のある右の建物が来客のための待合所で今は売店のあるコミュニティ・センターになっている)

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(日本語の案内カタログが用意されていた。表)

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(案内カタログの裏。公園は街の北に位置する)

公園はバルセロナの郊外に近い街の外れの、地中海の見える丘の中腹にある。元々は、ガウディがパトロンであるグエルとともに先進的な田園都市を開発しようと取り組んだ造成地の遺構である。当時は禿山だったこの地に、英国風のコンドミニアムを作り、富裕層へ分譲することを目的として始められたプロジェクトだった。計画は1900年に始まったが、工事の進捗は難航した。資金繰りに行き詰まり、とうとう1914年に開発は頓挫してしまった。今ではバルセロナ市が買い上げて公園として観光の目玉となっている。結局、邸宅は二軒しか建築されず、一軒だけが売れ、売れ残りのモデルハウスはガウディが買い取って、晩年、彼がサクラダ・ファミリアに移り住むまでの間、自身がここで暮らしていた。完遂は叶わなかったが、彼がこの計画に抱いていた強い愛着を感じさせる逸話だ。

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(入口から広場へと続く階段)

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(コミュニティ・センターの尖塔の頭部の十字には破砕したコーヒーカップが貼られている)

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(小さな歯がある。けっこうかわいい顔をしている)

公園内には随所に、ガウディらしい斬新な仕掛けが凝らされている。最も有名なオブジェは、上部の広場に続く階段の途中に作られたカラフルな水を吐くトカゲだろう。広場に降った雨を集めて貯水槽に水を溜め、その水の一部を絶えず口から排水する仕組みは、その異容とは異なり、四季を通じて見る者に透明な清涼感を与えている。実はこの造形は、トカゲではなく、竜(ドラゴン)なのである。あるいは、サンショウウオだと言われればそうのようにも見えるし、光の当たり方で変化する鮮やかな色タイルの外観からはカメレオンのようにも見えてしまう。ガウディとグエルの遊び心を感じる。

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(自然の傾斜を生かした柱廊、まるで津波の襲来のようだ)

ガウディはサクラダ・ファミリアの制作における張り詰めた緊張を解きほぐす場として、この田園都市の設計を楽しんでいたのではないか。まさに遊園地のような、精神の解放を求めて癒しのワンダーランドを作りたかったのではないか。完成をめざすというよりは、制作そのものが彼の心の解放の場であったのではないだろうか。空腹を抱えて森を彷徨ったヘンデルとグレーテル兄妹が出会った夢のようなお菓子の家。正面入口の両脇に対峙する奇抜なデザインの建物の前に立つと想像が限りなく広がった。

ガウディはバルセロナ市内に沢山の作品を残した。いずれの造形も見る者の意表をつく。目に見える具象から、見る側の心のありかたに従って様々な空想や連想を呼び起こすことが彼の目論見であったのだろう。

竜のオブジェは彼の創作のあちこちに登場する。彼の造形の発想の起点は彼が生まれ育ったカタルーニャに語り継がれる伝説に由来するに違いない。リウマチを患い病弱だった幼少の彼が、夢の中で出会った不思議な光景や伝説の生き物たち。骨だけになって歩く恐ろしげな怪物。飛び交う魔物。眩しさに目を奪われる花園。残忍な異界からの侵略者。勇敢だが暴力的な英雄。幼い彼の心に描かれた不思議な夢、創作の原点はそこにあることはおそらく間違いないだろう。

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(こちらは少し地味な耳のある竜)

バルセロナでは毎年四月二十三日を守護聖人サン・ジョルディ(英語読みではセント・ジョージ)を讃える祭りの日として祝う。中世の暗黒時代に、生贄の乙女を食らい住民に恐れられた邪悪な竜を退治し、捕られていた娘たちを救い出した英雄伝説にちなむ祭りである。竜にとどめを刺した騎士の槍を伝わって流れ出た血からは赤いバラが咲いたという。同様の伝説はヨーロッパ各地に伝わり、四世紀に殉教した聖人サン・ジョルジュに由来する伝承とされる。真偽は怪しいが、カタルーニャにはレコンキスタ(国土回復運動)によって退去を迫られたムスリムイスラム教徒)が無念の置き土産としてアフリカの異郷で捕まえた竜を放ち、住民を恐怖に陥れたという言い伝えがある。この受難から解放された過去が英雄騎士サン・ジョルディの伝説と結び付いて、彼の殉教の日を守護聖人の祝う祭日となったようだ。この日には愛するもの同士でバラや本を送る習慣があるという。今回はつぶさに見学できなかったガウディの作ったカサ・パトリョのバルコニーは竜退治で犠牲となった多くの兵士の兜を形どったものであり、屋根は退治された竜の鱗と背中、柱は骨、煙突は槍を表すという(田澤耕著、「物語 カタルーニャの歴史」)。

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(広場を支える列柱群)

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グエル公園の上部をなす、石の列柱で支えられた眺めの良い広場は複雑な曲線を描くフェンスで囲まれている。ベンチを兼ねるフェンスにはさまざまな形に砕かれた色タイルが貼られている。ここにもカタルーニャの文化を色濃く反映したガウディ芸術の独創性が光っている。彼が好んで用いた色とりどりの焼タイルを砕いて貼り付ける技法(トレンカディス)はかつてこの地を席巻したイスラム文化へのオマージュであろうし、優雅で複雑な曲線はイスラム文化への共感とともに彼らが好んだ厳格な対称性やその後の征服者のもたらした伝統文化へのアンチテーゼのようにも思える。

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(公園は世界中の観光客で賑わう。奥に見える尖塔のある屋根はガウディが暮らした館、今はガウディ記念館になっている)

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(一軒だけ売れた白い館、個人邸宅)

千年を超える昔から、現在の国境をなすピレネー山脈を超えたフランス南部と領地と言語と文化を共有してきたカタルーニャでは、現在もスペインからの独立が叫ばれている。現在スペインの領土となっているイベリア半島の大半の地がレコンキスタに数百年もの歳月を費やしたのに対して、カタルーニャはわずか四年でムスリムを撃退した。その後もローマ教皇フランス王国の支配を受け、繁栄と衰退を繰り返しながら、理想を追い求めたこの地の誇りと反骨精神がガウディ芸術の骨格となっているのではないか。童話のようなこの公園の造成は彼の理想とした夢の実現を目指したものだろう。

よく晴れた青空の下で訪れたグエル公園は、崇高なサクラダ・ファミリアの制作に没頭した聖人のようなガウディの全く違う心の一面に出会うことができた場所だった。

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サン・パウ病院、リュイス・ドメネク・イ・モンタネールの設計によるムデハル様式の建築)

グエル公園の後、バルセロナの三つの世界遺産のひとつであるサン・パウ病院をわずかな時間だけ見学した。モンタネールの設計によるムデハル様式のこの建築群はガウディ芸術とは異なる優美で上品な趣向で、あらためてこの地の文化の多様性を実感させられた。同じくモンタネールによる世界遺産カタルーニャ音楽堂を訪れる時間はなかった。帰国後いろいろ調べてみると訪ねてみたい場所がまだまだたくさんあり、叶うならば、もう一度バルセロナに来てみたいと思った。

午後、名残を惜しんで、バルセロナを後にし、空路でマドリッドへ移動した。

バルセロナ

イベリア半島半島の北東部、地中海に面するスペイン第二の都会。カタルーニャ州の州都、バルセロナ県の県都であり、スペイン最大の工業都市。独自の言語と文化を持ち、スペインが誇る二十世紀を代表する多くの芸術家を生み出した。

十九世紀後半から街の再整備に取り組み、旧市街を取り巻く整然とした美しい街並みと明るく開放的な景観は、国内外から訪れる多くの観光客を魅了している。市内には多くの歴史的建造物が並び、世界遺産として「アントニ・ガウディの建築群」、「サン・パウ病院」、「カタルーニャ音楽堂」がある。