雨の日はピアノ曲三昧

ピアノ曲CD、右からルビンシュタイン、ポリーニ、藤田真央

河津や三浦の半島では桜が早々と満開を迎えたいう春の知らせが届いた。贅沢にもあちこちに別荘を持つ友人からだ。特段うらやましい訳ではないが、春が近づいていると言っても我が家の近辺では、つかの間の春の陽射しがさす日でさえ風は身を切るように冷たいし、霙になりそうな二月下旬の雨はことさらに骨身にしみる。

一昨日、昨年の秋に還暦を迎え長年の宮仕えを卒業した後輩のSY君に連絡を入れてみると、年明けともにフランスに渡りパリに長逗留しているとLINEが届いた。パリを拠点にヨーロッパのあちこちに足を伸ばして優雅に英気を養っているらしい。現役時代は海外赴任も多く苦労も多かったのだろうが、培った語学が堪能なのが羨ましい。先週はスイスに行き、来週はプラハを旅する予定だとあった。三月末まではパリにいるという。この四月からは初心にかえって二十代の新人達に混じってあらたな仕事に挑戦するそうだ。還暦を過ぎてもなお衰えぬチャレンジ精神を見習わないといけないとは思うのだが、怠け者の我が身は、なにかと理由を付けて、特に寒い日や雨の時は一日中部屋に籠もって本を読んだり音楽を聴いて過ごしている。

我が家のオーディオ機器はすでに何年も前に愛用のonkyoのCDプレーヤーが故障して廃棄してしまった以後、ブルートゥース機能すら内蔵していない貧弱な卓上のCDプレーヤーしかない。最近はもっぱら安価なブルートゥース・スピーカーかワイヤレス・イヤホンというオーディオ環境でスマートフォン経由でストリーミング配信やCDをパソコンに取り込んで再生して音楽を聴いている。聴くものはもっぱら、クラッシックかジャズが中心だ。昔なつかしいカーペンターズPPMサイモンとガーファンクルなど、穏やかなでうるさくないフォークも時々聴いている。

いちいちPCを経由して音楽を聴くのは面倒なのでCDから音楽をiPhoneを取り込む操作に挑戦しているが、なかなかうまくゆかない。悪戦苦闘の連続で、削除と登録を何度も繰り返すうち、ついに先日はブルートゥースを接続したままになっていたストリーミング配信で1カ月の上限に近いデータ通信量を一日で消費してしまい、契約しているauのデータ容量が底をついたとSMSに連絡があって驚いた。通常の一日に消費する100倍近いデータ容量を使ってしまったのだ。手伝っている認定NPO法人の理事長と雑談をした際に何気なくその話を話をしたら、音楽は何を聴くのと聞かれた。クラッシックかジャズが主で、ピアノ・ジャズならビル・エバンスの演奏が好きだと話すと、彼も同じ嗜好だと言い、クラッシックを聴く人は案外ジャズ・ピアノが好きだね、友人にも同じような趣味の友人が何人かいると言われた。そういえば、このNPO法人のベテラン理事も最近懐かしいレコードを聴いていると先日の会議の近況挨拶の際に話していたことを思い出した。意外と身近に、高齢でも筋金入りの音楽ファンがたくさんいることをいまさらながらに再認識した。

昔なつかしい所蔵のCDに加えて、最近、新たに美しいピアノ演奏のCDを三組手に入れた。

一組目は、今は亡き20世紀最大の巨匠ピアニストであるルビンスタイン(Arthur Rubinstein, 1887~1982)のショパン全集(CD⒒枚)。これは出色の演奏だ。ロシア出身で日本で活躍する女性ピアニストのイリーナ・メジューエワの 著作「ショパンの名曲~ピアノの名曲聴きどころ弾きどころ2」(講談社現代新書)を読んでも彼の演奏が数あるショパンの演奏のなかでもっとも美しいと書いてあった。彼がショパンと同じポーランドの出身なのも調和のとれた演奏に関係があるのかもしれない。

二組目は、今も現役で活躍する、イアタリアのミラノ出身のピアニストで、現代の巨匠ポリーニMaurizio Pollini、1942~)演奏の「ベートーヴェンピアノソナタ全集」(CD8枚)。彼は1960年第6回ショパン国際ピアノコンクールの優勝者だ(最近では反田恭平が2021年第18回のこのショパン国際ピアノコンクールで2位の栄冠に輝いている、彼の演奏はインターネットで聴けるが、もっとCDも出して欲しいと思う)。ポリーニの演奏はどっしりしていて積み上げたきた人生の重みを感じる。個人的にはベートーヴェンの楽曲では荘重な交響曲よりもピアノ曲が好みだ。

三組目は、我が国のみずみずしい若手ピアニスト藤田真央「モーツアルトピアノソナタ全集」(CD5枚)。彼は2019年の第16回チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門の2位入賞者だ。まさに新進気鋭の日本人音楽家で、演奏は軽やかで華々しく、それでいて美しく、かつ清々しく調和がとれている。

これらのCDだけを朝から晩まで聴いても数日がかかってしまう。

最近は音楽CDはもう過去の媒体で、最盛期と比べるとその販売枚数は三分の一以下になってしまっているという。高音質のハイレゾなど、音楽データは今はインターネットで手軽に購入するのが当たり前の時代のようだ。しかしCDに同梱の解説書を読んだりレーベル写真を見たりするのも鑑賞の楽しみのひとつだ。目に見えないデータだけを購入する気にはならないのが、時代遅れだとは思えない。アナログレコードがいま静かなブームだそうだから、古いことが必ずしも悪いことではないのだ。いろいろな選択肢がある方が世界が豊かであるように思える。少しだけでも意地を張りたい。

今日も朝からずっと冷たい雨が降っている。