西表島紀行(つづき)

紺碧の海に囲まれた島々は息苦しい都会の住人にとって、そこはかとないロマンを誘う。

かつて奄美諸島から八重山諸島に及ぶ広大な海に浮かぶ南の島々は琉球王国の領分であった。明治政府によって王朝が崩壊させられるまでの450年間、琉球諸島は独自の文化、生活様式や風習を受け継ぎ、海洋人は小さな舟で島々を往来していた。耳をすませば古人の舟をこぐオールの音が風の音ともに聞こえてくるように気がする。

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野生のパパイヤ

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パパイヤの花

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大見謝ロードパークで出会った木登りトカゲ

西表島沖縄県では本島に次ぐ大きさだが、平地が少なく耕地を開けなかったことで炭鉱ラッシュをのぞくと華やかに発展することはなかった。現在の行政区分は八重山郡竹富町に属する。島の90%は鬱蒼とした亜熱帯の自然林に覆われ、急峻な山から流れる雨水は滝を作り複雑に蛇行する川となり、海に注ぐ手前の汽水域には常緑のマングローブの森が広がる。降り注ぐ光や激しいスコールを浴びて、鳥や獣、虫や蛇、亀やトカゲなど、多彩な生き物が独自の進化をたどり、この島の命をつないでいる。

夜中、島の道を車で走ると、ヤシガニやハコガメが道路をのんびりと横断し、危うく轢き潰しそうになる。日中でもそこここで、シロハラクイナがよちよちと車道を横断する姿に遭遇した。この島の生き物たちは文明を恐れない。あちこちで不幸な事故のあとがみられた。島中にヤマネコ注意の道路標識が目に入るのも、そのせいなのだろう。

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油布島の水牛車を見に行く

三日目の午後は車で島を観光した。

浅瀬の海を水牛車で渡る油布島(ゆぶしま)は西表島からおよそ400メートル離れている。歩いても行ける目と鼻の先だ。島内は観光植物園になっている。今回は島へは渡らず、裸足になって海に入り牛車を撮りに行った。 水は温く、風があり、水面を見ていると船酔いしそうになる。のんびりと海の中を歩く水牛の姿は、いやいや仕事をしているようには見えなかった。淡々と仕事をしているというよりは、気ままに午後のひとときを風に吹かれたくて歩いているという風情だった。

屋根付きの荷車のような客車の乗客はひとりだった。御者は三線を弾きながら牛車の操縦をしている。でも水牛は勝手知ったるわが道を好きに歩いているように見えた。岸に戻った御者に聞くと水牛は台湾から連れってこられたそうだ。水牛たちも苦役というよりは案外この暮らしを楽しんでいるのかもしれないと思った。

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ゆっくりゆっくりと進む

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牛車乗り場の正面にある観光モニュメントで記念撮影

潮が満ちると島の景色が一変する。水平線と地平線の区別が曖昧なほど見渡す限り干上がっていた砂浜は海中に没して空と一体となり、見慣れたうすいみどりの海原に変貌する。昨日、森の中のピナイサーラの滝を眺めた海中道路もすっかり海の中だった。名前の意味がようやく分かった。

西表島は随所に美しい砂浜が広がる。月ケ浜、星砂の浜など、名前も飾らずによい。

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星砂の浜

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星砂の浜では水遊びに飽きたこども達が星の砂を探して遊んでいた。「あったよぉ、あったよぉ」の声が届く。のどかでゆったりと時間が過ぎてゆく。すぐ目の前を足ひれと水中眼鏡の軽装でシュノーケリングするビキニ水着の若い女性がいた。水から上がってきたので、どんな魚がいるのか質問すると水の中は魚だらけだと返答された 。風は吹くが日陰のない浜は薄着の夏服でも汗まみれになってしまうほどの暑い午後だった。次に来ることがあったらぜひこの浜で泳いでみたいと思った。海辺の民宿が営むテラスで黒糖のかき氷とマンゴーとパイナップルの果汁のかかったかき氷を食べて涼んだ。黄金色に華やぐ酸味の効いたマンゴー果汁のかき氷は爽やかではあったけれど、純朴な黒糖のかき氷が物足りないほどの質素な味わいで、この浜の海風に吹かれながらの午後はこちらがふさわしいように感じた。

四日目の朝は曇り。夜明け前に雨が降ったようで、目覚めの頃は鳥の声が少ないように感じた。前の晩からなぜかカエルの鳴き声が聞こえない。できればのそのそと歩くハコガメや派手な夏色のアカショウビンとの遭遇を期待して、明け白む早朝に散歩に出かけた。民宿前の道を人気(ひとけ)のない西方向に進んで行くと小ぶりのヒヨドリやカラスが盛んに鳴き始めた。それから少しで雨が降りだした。

朝のスコールだった。しばらく木陰で雨宿りをしたが、勢いは収まらずむしろ雨足が強くなり、結局、宿の朝食時間が近づいてきたので、全身ずぶ濡れになって宿に戻った。朝の雨はほんの少しだけ冷たく、寝ぼけた頭にとって格好の覚醒刺激になった。

朝食後すぐに、まるで先ほどの激しい雨が嘘のように青空が広がった。お土産にリュクサックに詰められるだけのピーチパインを詰め込み、九時半の鳩間島経由石垣島行きの船に乗って石垣島に戻り、さらに沖縄本島まで飛行機に乗った。石垣空港では昼食に石垣牛のステーキと握り寿司を食べた。那覇ではnahana hotel に泊まった。以前に次男家族とともに泊まったことのあるホテルだ。夕食には、那覇に来れば必ず立ち寄る国際通り沿いの牧志商店街にある花笠食堂で沖縄料理を食べたかったが、コロナウイルス関連の自粛営業で、午後三時で閉店だった。今回はナーベーラー(ヘチマ)料理にはありつけなかった。翌朝の全日空で羽田に戻って、6月29日のちょうど昼の時刻に帰宅した。

何度訪れても南の島旅には言葉に尽くせぬ感動がある。