大岡川漫歩

わが集合住宅の前には膝下ほどの深さの川が流れている。
川辺に作られた散歩道の対岸に渡る飛び石で行く手を阻まれた水の流れが渦となり、四六時中せせらぎの音がベランダに届く。
この清流を使ってかつては特産品のスカーフの染め物工房がこのあたりの川沿いに軒を連ねていた。高度成長期に住宅が進展して生活排水が流れ込み、今ではかつての姿を想像することは難しい川辺の風景となってしまったが、このところ年ごとに水が奇麗になって川は昔の姿を取り戻しつつあるとこの地に住む昔からの住民が話してくれた。



川は横浜市氷取沢を源とする日野川港南中央で笹下川と合流し大岡川と名前が変わり横浜湾へと注ぐ。
途中、京浜急行の赤や黄や青の車両が轟音をたたて鉄橋を渡り、千年をこえる古刹である弘明寺の参道に架かる観音橋を過ぎたあたりからだんだんと川幅が広くなり深さがましている。南太田駅を過ぎると高架の上を走る電車の窓から川を見下ろすことができる。


桜の季節になると所狭しと立ち並ぶ川沿いの屋台と花見客の喧騒とは無縁のように、花見遊山の遊覧船がのんびりと水面の花筏を裂きながら漂っている。
夏の終わりが近づくと戦没者慰霊の精霊流しの灯が水面で揺れる。
川はいつも季節の主役である。
みるみると日暮れが近づく秋の午後、はるかな空に残る青空が水面に光を放ち、川辺の家々の屋根とで深いシルエットを作っている。



もうすぐ桜の葉も散ってしまい季節の巡りを実感する時が訪れるはずだ。
川に沿って歩いていると巨大な真鯉を吊り上げた釣り人の歓声が聞こえてきた。
まるまると太った鯉が釣り上げられている。このあとこの獲物はどうなるのだろう。
今日、暦の上では立冬を迎えた。