白濁の黒湯温泉と霧の秋田駒ケ岳

乳頭温泉郷七湯のひとつ、黒湯温泉は単純硫黄泉を源泉とする老舗の温泉宿である。

ブナの森に囲まれ、三百五十年に及ぶ長い歴史のある温泉で、名前は黒湯だがお湯は白濁した硫黄泉だ。温泉が自噴する先達川の河原に点在する宿泊棟や茅葺の自炊棟、川沿いの露天風呂など、昔懐かしい風情が心を和ませる。旅の三日目はここに二連泊することにした。

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今回の北東北の旅行は途中で梅雨明けを迎えるかもしれないと期待して自宅を出発した。7月下旬の10日間は自分の中ではすべて夏休みで、これといった仕事や用事の予定を入れずにおいたから、宿泊日数も特に決めず、風まかせ天気まかせのつもりで旅に出た。

黒湯温泉宿泊棟の八畳間に入ってすぐ、この後の計画をどうするかを決めるためにインターネットで天気図をみると梅雨明けを誘う太平洋高気圧の発達がみられない。そればかりか西日本に豪雨災害をもたらした梅雨前線が北上してきている。このままだと東北地方にも水害が発生しそうな気配だ。それでも、天気の予報は難しい。コンピュータを屈指して判断しているはずのNHKの天気予報でさえ必ずしも当たらないことがしばしばだ。天気が悪ければ温泉で日がな一日のんびりするのもわるくはないが、ひどい雨や風でもないかぎりせっかくなのでブナの森探索や東北地方独特のたおやかな山道を歩いてみたい。第一候補はこの温泉地が登山口の乳頭山だ。以前、好天の秋田駒ケ岳に登った際に見えた頂上が女性の乳首を思わせるこの山に、いちど登ってみたいと思っていた。黒湯温泉を宿泊地に選んだ理由のひとつもそれだった。

露天風呂や温泉施設の偵察に出かけた家内が部屋に戻ってきて、先ほど乳頭山から下ってきた登山者と出会い、話をすると登山道は草払いもあまりなされておらず荒れていて歩くのが大変だったと聞いてきた。不慣れな道で、しかも天気が悪ければ危険もあるから第一候補の山歩き計画はあっけなく消滅してしまった。安全第一を考えると、この近くでは登山道のよく整備された秋田駒ケ岳しか登れる山がない。翌日の朝の空模様でどうするか決めることにした。

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黒湯温泉受付

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宿泊棟入口

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古式ゆかしい木造の自炊棟

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木造自炊棟のすぐ下の茅葺屋根の自炊棟(右側)

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一度は泊まってみたい囲炉裏のある茅葺屋根の自炊棟

黒湯温泉はすばらしい温泉宿だった。これまで泊まった温泉地のなかでもおそらく一、二を争う温泉地だと思う。食事付きの宿泊棟は木の廊下が嬉しい真新しい施設で、浴槽や床が木製(檜?)の男女別の内湯がある。外には男女別の露天風呂、野趣あふれる混浴の露天風呂と打たせ湯があり、お湯の温度はほぼ42℃前後。熱くも温くもない。温泉は大好きだが、夫婦して長湯のできないたちなのでこの温度はちょうどよい。お湯は白濁の単純硫黄泉からの引き湯で加水せず自然な環境で温度調節がされていて、皮膚への刺激は少なく二度、三度と入っても皮膚が荒れない。

食事が素晴らしく、前の日に泊まった米内沢の釣り人相手の宿とは雲泥の差だった。しっかりした老舗旅館の料理が並び、品数もあって満足だった。ちなみに朝夕二食付きトイレなし八畳間で一泊一人12500円だった。とても良心的な値段設定だと思う。

よく磨きこまれ黒光りする廊下のある自炊棟もよかった。一ヶ月も滞在している常連客がいた。次に来るときはこの自炊棟の古風な障子で区切られた客間に泊まってみたい(1泊四千円)。茅葺屋根の自炊棟も魅力的だった(1泊五千円)。こちらに泊まった場合は調理はすぐ上の自炊棟の調理場を利用するようだ。こちらの部屋にはそれぞれ囲炉裏が切ってある。囲炉裏に炭を熾し、きりたんぽや比内鶏を煮る鍋をぶら下げ、のんびり田舎料理をつつきながら秋田産の地酒を飲むのもきっとオツだろう。

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男女別露天風呂

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男女別露天風呂の内湯

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一泊目の夕食。魚は山女魚。

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二泊目の夕食。魚は鮎。

旅の四日目(7月27日、月曜日)は小雨時々霧雨。残念ながら天気予報通りの朝。でも風はなくこれなら雨具を着れば山道を歩けないこともない。

景色は期待できないことを承知して、3回目の秋田駒ケ岳に登ることにした。

秋田駒ケ岳(1637m)は深田久弥による百名山の選には漏れてしまったが、なだらかな山容や頂上直下の浄土平や阿弥陀池、山肌を埋める花々が多彩で美しく、登って楽しい変化に富んだ名山だ。田中澄江の花の百名山には選ばれている。さまざまな登山コース(6コース)があるが、最も高所の八合目登山口まで車で登れる。ただしハイシーズンはマイカー規制あり、乳頭温泉郷近くのアルパこまくさバスターミナルでバスに乗り換えるなければならない。登山道はよく整備されていて危険な箇所はない。晴れていれば頂上からの眺望も抜群で、歩けば風も心地良い明るい山だ。

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木道そばに咲くニッコウキスゲ

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男女岳頂上の記念写真

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珍しいミヤマハンショウズル

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初めて写真が撮れたミヤマハンショウズル

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焼森の斜面に群生していたコマクサ

この日、バスに乗って八合目まで登った乗客は我が家を含めて5人だけだった。天気が悪いので覚悟はしていたとはいうものの、雨とガスで全く何も見えない。登山道でも数メートル先が霞んで見えなかった。高山植物はまさに花盛りで、見える範囲だけでも多彩な種類が咲いていて、色とりどりとても綺麗だった。男女岳(おなめだけ、女目岳とも書く)が頂上だ。せっかくなので頂上だけは踏んで横岳、焼森を回って八合目に下った。下山途中に少しだけ霧が晴れ、馬場の小径(ムーミン谷)に雪渓が残っているのが見えた。焼森の斜面にはコマクサが群生していた。ちょうど3時間で八合目バスターミナル前の避難小屋に戻った。あとは温泉に戻り、のんびり露天風呂に浸かって、疲れを癒した。

山歩きと温泉疲れで夜は早々と床に入って寝てしまった。夜半から翌7月28日の朝にかけて凄まじく雨が降った。雨音で夜半に目が覚め、インターネットを見ると秋田地方全域に大雨警戒警報が出ていた。朝になると県内の雄物川支流で氾濫が起こり、大仙市内では避難指示が出て、由利本荘でも土砂崩れで市道が寸断されたとある。さらにこのあと大仙市と美郷町では避難勧告が出された。東北自動車道上り線でのり面の土砂が崩れ一部上下線が通行止めになり、秋田新幹線は始発から運転を見合わせているとあった。梅雨明けを控て、まだこのあとも東北地方は大雨が続くようだ。ここらが潮時だろうと思った。5日目で旅を切り上げて帰宅することにした。

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途中の道の駅で買った珍味バター餅。柚餅子のよう。普通だった。

午前8時前に黒湯温泉を出発し、大仙市、美郷町を通り一般道で秋田県内を南下した。途中、大雨で田畑や住宅が水浸しになった地区があった。秋田自動車道の湯田ICから高速道に乗った。一路東北道を走り、自宅には18時過ぎにたどり着いた。

翌7月29日のNHKでは28日から29日にかけて山形地方に大雨が降り最上川が氾濫したと報道された。

今年の夏休みはこれで終わった。
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この記事がブログを始めて1200件目の記載になった。10年以上もよく続いたものだと自分でも感心する(祝。