人間ドッグ

東日本大震災から昨日で満10年が過ぎた。

あの日、職場の建物が大きく揺れ、駐車場に避難したことを昨日の様に思い出す。

それまで経験したことのない震度5強の揺れだった。

天気のよい日で、午後3時頃までは日差しが暖かく風もない穏やかな日だった。

日が傾くにつれ北風が吹き、余震が続く中、交通機関が麻痺し、携帯電話やスマートフォンが繋がりにくくなった。

テレビのニュースで東北地方に巨大津波が押し寄せ、海辺の町が壊滅した映像が繰り返し放映された。まるでSF映画のいちシーンを見ているようだった。

ただならぬことが起きていることを誰もが認識したのは余震のやや収まった夕方近くだった。

職場に勤める職員はもとより来訪者の多くが電車やバスなど交通機関のほとんどが麻痺状態になり自宅に帰れなくなっている。

行き場を失った大勢の人たちが1階のロビーに集まり、津波の被害が次々と明らかになり福島では海辺の原子力発電所が被災したことが放映された。みなが壁のテレビを食い入るように見つめていた。

このとき現場の運用に関する責任者だったので、急遽あるだけの災害用の簡易ベッドを2階の廊下に設営した。

幸い停電にはならなかったので、いつもは職員の研修や講演会に使っている講堂に炊き出し用の部署を設営した。

次から次へと、あの日の場面がフラッシュバックする。

10年経つと各場面が細切れになり前後があやふやになっているが、余震の中で不安な一夜を過ごしたことだけは鮮明に記憶に刻まれて残っている。

あれから10年。もう10年の思いと、まだ10年の思いが交錯する。

被災地ではかさ上げ工事が進展し新しい町が造られ、仮設の避難所にすむ多くの住民があらたな住まいに移ったという。

原発事故は復旧のめどがなく放射性物質の回収には少なくともこれから30年以上の年月が必要と報じられている。

原発事故の収拾は、おそらく自分が生きているうちにはできないだろう。遠くを見つめたくなる気分になる。

足腰の具合がわるく、疲れやすくなったのは年のせいだ。

幸い仕事には恵まれて土日をのぞく毎日違う現場に足を運び、定められた業務を行う毎日が続く。

来月から新しい年度を迎え、それぞれの場所で新たな毎日が始まる。気持ちを新たにこれからの日々の暮らしに備えなければならない。

昨日は年中行事の人間ドッグに行った。

受診希望日に胃カメラの予約がとれず例年通りのバリウムを胃のレントゲン検査を受けた。

その後が大変。いつもトイレで四苦八苦する。

今年も悪戦苦闘の一日を過ごした。今朝もまだお尻が痛い。